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――――――…っ、ン、ドン…ドンドンっ
「…ん、あ?」
ドアを叩く音に刺激され、ゆっくりと瞼を開けた先にある見知らぬ天井。
(あれ、ここ…どこだ…?)
数回瞬きする間に、あぁ…っと起き上がると頭を掻いた。ソファで寝てしまっていた為か身体の節々が何だか引き攣って痛い。特に首から肩に掛けて、鈍い痛みが走り、十時は渋い顔をしながらも背筋を伸ばした。
いくら空手で鍛えていたと言っても、それも二年前の事。
すこしずつたるんできた身体はだらしなさに確実に順応しているらしい。傾げればごきっと鳴る首の音。
その間にも、ドンドンっと扉が叩かれる音も続いている。十時が割り当てられた部屋は同室者は居ないタイプの狭いワンルーム。
自分しか来客に対応できる者はおらず、仕方なしと立ち上がった。
(何…?つか、今何時?)
少しふらつくのは寝起きだから。
それに多少の疲労感が残っているのか、脚が重い気がする。
よたよたしながらも玄関先へと近づき、壁にもたれ掛り気だるげに誰?と声を掛ければ、
「僕だよ」
男の割には少しだけ高い声音。
そして、聞き覚えがある。
「………ボクさんだかパクさんだか、俺には覚えが無いんだけど」
異文化交流した覚えも無くてですねぇ、お引き取り下さい。
いっそきっぱりとそう言えば、途端にシーンとした扉の向こう側。
諦めてくれたのだろうか。
どうせ明日になったら嫌でもクラスで顔を合わせる、と言うか、何の因果か席は隣同士。きっと河野からアクションなり、何なりあるだろう、と息を吐いた十時だったが、
「…今この場で自分の服をびりっびりに引き裂いて、お前にやられた、って泣いて逃げてもいいんだけど」
――冤罪、ダメ、絶対。
光の速さで扉を開けて、その前に立っていた河野にどうぞと掌で中へと促し、ご案内。
顔中が引き攣りそうになりながらも、河野のこの美少女フェイスでそんな事を寮で吹聴されては洒落にならん。それに全寮制、あの金髪野郎もこの寮内のどこかに生息していると思うと、余計な揉め事は起こさぬよう、油断はしていられなそうだ。
「何してたの?夕飯は?」
制服でも美少女に見えたが、パーカーに細身のパンツだと余計にボーイッシュな女の子に見える河野は、開かれた扉から当たり前の様に身体を入れるとその大きな意思の強そうな黒々とした眼を向けた。
「食ってねーよ。誰かさんの所為で疲れ切っちゃってたからさ。さっきまで寝てた」
今更だが、出て来た欠伸を隠しもせずに大口を開けて嫌味を零しながら扉を閉めようとしたのだが、ふと気付けばそこにはもう一人立っている。
どぎまぎと少し青白い顔で自分を見詰めているその人物に十時の眼が訝し気に鋭くなる。
「…どちら様?」
「あ、あの、俺、か、和沙の幼馴染で、前原達樹、ですっ!」
多少どもりながらも自己紹介を行う前原と河野を交互に見遣る十時は、ふーんと呟きながら、
「何してんの、入れば?」
と短く中へ促せば、少し驚いた様な表情で前原も部屋へと頭を下げながら入って来た。
「へぇ、一人部屋って狭いけど自由度が高そうでいいね」
既にちゃっかりと先程迄十時が寝ていたソファに座る河野はぐるりと部屋を見回し、ふふっと笑う。
その隣に前原を座らせ、十時は申し訳程度に置いてある小さな冷蔵庫から炭酸飲料水を取り出すと、紙コップに注ぎ、ソファの前にあるローテーブルへと。
ここでようやっとスマホの画面を確認するとすると19時47分と言う時間にはぁ…っと安堵の息を洩らした。
「んだよ、夕飯の時間あと一時間はあるじゃん…」
育ち盛りの成長期、流石に夕飯抜きは厳しい。
と、言う訳で。
「何しに来たか知らんけど、それ飲んだらお帰り頂いていいか」
出来たらこれ以上関わり合いになりたくないので。
そんな本音をぐっと隠し、二人に告げると河野の形の良い眉がぴくりと動いた。
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