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「仮にも恋人にそんな冷たい言い方って無いと思うけど」
―――ブッ…!!
河野の言葉に、面白い程リアクションをしてくれたのは隣に座っていた前原だ。
炭酸がどっかの気管に入って行ったのか、口元を押さえてゲホゲホと咳を繰り返す様を一瞥した十時は、今日何度目かの溜息を吐き、近くにあったティッシュを箱ごと渡す。
「それマジで実行する訳?それじゃあの金髪から俺もっと狙われるじゃん」
「言っちゃったから仕方なくない?どっちみち狙われるなら僕の事守りながら狙われてよ」
滅茶苦茶過ぎる。
ただ車に撥ねられるだけでなく、山ほど保険に入ってから撥ねられと?
綺麗な顔をして、夫の保険金を狙う主婦の様な恐怖しか湧かない発言に怒りよりも呆れにも似た表情を浮かべれば、口元をごしごしと拭く前原が急に立ち上がった。
「だ、だから和沙っ、この人全然関係無いのに巻き込んだんでしょっ!謝ろうって事で此処に来たんじゃないのかよっ!」
「へ?そうなの?」
「知らない。謝るなんて僕は言ってないし、達樹が勝手にそう思い込んでただけでしょ」
少し不機嫌そうにぷいっと顔を背ける河野とは反対に前原は十時に向かって背筋を伸ばすと、そのままやり手営業マンもびっくりの90度以上のお辞儀を見せる。
「えっと、本当コイツの我儘に付き合わせてしまってすみませんっ!!!」
何だろう。
見て分かる、彼の不幸オーラ。
げんなりとそれを見詰める十時の眼には、子供が悪さばかりして色々な所に悲愴感丸出しで謝罪に回る親の様な姿の前原。
大体何故幼馴染である男が河野の代理で謝罪しているのか。
じっとそれらを見詰める中、何となくであるが、幼馴染と言う建前に見え隠れする関係性。
「何、あんた、そいつの下僕志願かなんかなの?」
「ち、違うわっ!!」
妙な性癖だと誤解されかねない十時の発言にガバっと起き上がった前原は拳を握って真っ赤な顔で抗議するも、申し訳ないが、どう見てもそうとしか思えない。
(お姫様と執事?いや、女王様と召使?的な?)
口ほどに物を言う眼に思いっきりそんな考えが現れていたのだろう、前原はコホンっと咳払いをするとゆっくりとまたソファに腰を下ろしながら、しかめっ面で口を開いた。
「俺は、その…昔から和沙が色々と巻き込まれてて…そんで近くに居るのが殆ど俺で…コイツは全く素知らぬ存ぜぬだし…自然と俺が頭下げる様になっちゃって…」
色々とは?
「ほら、和沙って顔は女の子みたいに可愛いでしょ。そうしたら、変な輩が集まって…でも性格はこんなんだから、相手を逆上させるわ、無駄に執着させるわ、喧嘩に発展させるわ、で…女は勿論、男相手でも…そんな対応で…」
成程。
力強く頷く十時の顔は真顔だ。
「今回も、全然知らないヤツを矢面に立たせたからって聞いて…」
「はいはい、誰の事か聞かなくても痛い程分かるわ」
「そしたら和沙がその、えっと…」
「内山田。内山田十時な」
「あ…内山田に会いに行くって言うから、付いて来たんだけど…」
どうやら二人の間に『会いに行く』に大きな相違があったらしい。
前原は今回十時に迷惑を掛けた謝罪の為、河野はこれから先の事の念押し。どうりで二人の温度差がこうも違う訳だ。
妙に納得出来る十時ではあるが、
(うーわー…面倒臭い…)
はっきり言って今迄の河野の生い立ちや苦労等どうでもいい。伴って、とばっちりが飛んでいた前原の事なんてそれ以上に知った事では無い。
大体人の代わりに頭を下げる意味とは一体何だ。
しかし、考えていても仕方が無い。
「分かった、了解。じゃ、もう帰って。俺飯食いに行きたいんだよね」
やっぱり早めにお引き取り願おう。
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