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だが、そんな彼の心情を知ってか知らずか、敢えて踏み抜くのが趣味なのか、ずかずかと部屋へと上がりこむ楓に諦めにも似た感情を抱きつつ、そっと扉を閉める事しか出来ない十時はこっそりと息を吐いた。
ただでさえチーズケーキの流れとは言え、楓の事をぼんやりとながら考えていたのだ。色々と感情も考えも追いつかないのに、と三白眼を生かした目付きで非難めいた視線をその背中に送るも、
「何この食い跡」
テーブルの上のチーズケーキを指差す。
中途半端に食べられているそれ。
「あー…え、っと、」
食い物を粗末にしているんじゃないかと思われているのかもしれない。勿論十時にそんなつもりはないのだが、だが他人から見たらそう思われても仕方のない食べ方なのは何となく気付いてはいた。
故に、
「…いや、他意は無くて、一口ずつ…それぞれ食べてて…」
ですね…、と言い訳がましい説明の語尾はほぼ聞こえない位の声音。
何故に自分の部屋でこんなに緊張せにゃならんのだ。愚痴の一つでも出てきそうになる十時を他所に我が物顔でソファへと座る楓が、何やら持参したタッパーを一つテーブルへと置いた。
「…………何、」
「作った」
「…へ?」
タッパーと楓を交互に見遣る十時の脳内にハテナマークが大量生産されていく。
「あ、けて、いいんすか、ね?」
「……」
無言は肯定だろう、間違いない。
うんうんと一人頷き、額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。
楓から注がれる視線に息を詰めながら、恐る恐るタッパーの蓋を開けた十時の眼が、中を確認するとぎゅんと大きく見開かれた。
「……ちーず、けーき、」
真っ白なそれは一口サイズに切り分けられ、チーズの濃い香りが一面に広がる。
チーズケーキの中でも十時の一番好きなレアチーズ。
無意識にタッパー事抱え、間近でひとしきり見詰める十時の顔は真顔だ。
「めちゃ、旨そう、っすね…」
油断するとヨダレが垂れ流れそうだ。つやつやとした真っ白の表面が誘惑してくる、人間としての権限だの何だのとか奪おうとしてくるが、
「食べる?」
「食べますっ!!!」
楓の言葉にハッと顔を上げた十時は考えるよりも先にそう言うと早速フォークを持つと、いただきます、と頭を下げる。
真っ白でつやっとした表面はまるで新雪の様で素直に綺麗だなと思え、フォークを入れるのも躊躇ってしまうが、それでもごくりと喉が鳴る本能には勝てない。
(あー…でも…もうちょっと見ていたい、的な、)
勿体ぶっている訳じゃないが、志木顔負けにもじもじと膝を擦り合わせていれば、
「はよ、食え」
「は、いっ!」
楓の恐ろしく低い声に思いっきりフォークを突き刺し、そのまま一口一気に口内へと押し入れた。
もっもっと咀嚼し、嚥下。
時間にしてほんの数十秒だが、十時の中でいっぱいに広がるこの感情は何だろうか。
「…めちゃ旨い……」
じわりとした先で滑らかに溶けていくチーズの風味が堪らない。下のビスケット生地もサクッとした香ばしい食感の中にある甘酸っぱい香りと味わい。
「う、まぁ…」
今の今迄食べていたチーズケーキでは得られなかった満足感にうぅっと身を縮める。
(いや…まじ何、何で?)
自分自身不思議に思う。と言うか此処まで来たら不可解とでも言うべきか。
甘すぎないこの風味が好みだ。
丁寧に砕かれ、濃厚に敷き詰められたビスケット生地も強靭なラガーマン並みにタックルしてくる。
そして、何より、
「やっぱ…先輩の旨いっす…」
このチーズのとろける感覚が一番癖になるのかもしれない。
そうだ、これが十時の求めていたものなのだ。
まだチーズケーキと巡り会って三年程度。なのに、こんなに早く自分の好みのチーズケーキを食べれるなんて、幸せだ。
(幸せ、かも、だけど…)
だが、それは同時に。
「十時」
名を呼ばれ、顔を上げれば、にぃっと笑う楓の姿に思わず眉を寄せてしまう。
ソファに背を預け、足を組む姿はどこぞの女王様の如く。
「旨い?」
「……はい」
「これとどっちが旨かった?」
テーブルに残っているチーズケーキ達を指差す楓はとことん性格がねじ曲がっていると心底思う。そんなのきっと目敏い彼なら、十時の様子を見ているだけで理解しきっている筈だ。
それなのに敢えて言わせるとは。
「………………先輩のが、一番好き、です…」
ぎりぃっと唇を噛み締めるも、でも仕方が無い。
聞きたい言葉が聞けた、そんな風に満足そうに笑う楓が腕を伸ばし、無理矢理引っ張られた十時がテーブルに膝をぶつけ、顔を顰めるも、気にも留めない彼は眼鏡を外す。
紅茶色した眼はまるで綺麗に焼き上がったベイクドチーズケーキみたいで旨そうだな、とぼんやり口を開けて思う十時のそれに、押し当てられた楓の唇。
「はは、チーズケーキの味がする」
「…俺にとっては、理想のファーストキスの味っすね…」
チーズケーキと楓からのキス。
ワンセットなのかと疑問に思うも、聞けない十時は諦め半分にまたキスを受けるしかない。
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