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発端は進化したキス。
(いや、進化っつーか…この人俺が困ってるの見て楽しんでるだけなんじゃねーの…?)
ただプラスアルファ追加されただけ、と楓は言うが。
「お前さぁ、ちゃんと舌出せよ」
「……………簡単にいいますねー…」
いや、手慣れてますね、でもね、それ本当高度技術。
しかも、羞恥とのガチでの闘いだ。
彼の趣味なのか、それが流儀なのか、眼鏡を外させる所から始めて唇を押し当てるだけのキスから、舌を絡めるものへと。
一番最初の頃に楓から仕掛けられた時にはあまりの驚きにソファから転げ落ち、強かに後頭部を殴打。
涙目で見上げた先で爆笑している楓に若干殺意すら覚えたものだ。
本当に一体何をしているのか。
でも、人間の神秘も見れた気がする。
本当に慣れとは凄い。
あんなに緊張と戸惑いに苛まれていたと言うのに、楓の唇が触れるとぞくりと腰から痺れる感じが、舌を触れ合うと同時に今度ははっきりとした明確な快感に変わるのだ。
そうなると、眼鏡を外す行為から動悸が止まらない。
眼鏡越しだった眼がじぃっと十時の動向を探るかの様に見詰めている。
もしかして、
(これがチーズケーキの対価、とか?)
とも、思ったがこれだけ綺麗な男ならば選り取り見取りだろう。
チーズケーキをわざわざ作って来る意味も分からない。
ならば、
(川添先輩の為、とか言うやつか…?)
あの計画が未だ継続されているのであれば、趣味が悪いと思うが、
「…何考えてんだよ、お前マナーがなってねーな」
「……慣れてないんで、」
気もそぞろだった十時の首根っこを掴み、明らかに不機嫌そうに眉を顰める楓も、そんな初心い十時の台詞に一瞬キョトンと目を瞠り、次いでふふっと口角を上げる。
それがあまりに嬉しそうに笑うものだから、絆されるのも仕方が無いのだ。
「抜いてやろうか?」
(めちゃ機嫌良くなった…)
何を考えているのか分かりづらいのに、感情は意外と分かり易い。
全部引っくるめて、
ーーーーーやっぱり意味が分からん…
勿論、それは自分自身も、だ。
*****
「物事ってやっぱり順序だと思うんだよね」
「…いきなり何だよ」
朝っぱらから、ドンっと机の上に置かれたパンフレットは夏休み特集とデカデカと記載されている。
それを持ち込んだ河野はふんと腰に手を当て、椅子に座った侭の十時の様子を見下ろし、
「…で、どう、?」
「……何が?」
どう、と申されても。
何気なく一つ手に取り、パラパラと捲って行けば、所々に貼られている付箋。
おすすめの観光地だの、食事なら此処!だのと夏休みのプチ旅行に最適であろう記事と写真がが詰まっている。
十時の隣の席に座っていたクラスメイトも興味深気に此方をチラチラと見てくるが、そんな視線など最初から気にもしていない河野は、その大きな眼をぎゅうっと細めた。
「……行きたいな、とか思わない?」
「うーん…まぁ、楽しそうっちゃ楽しそうだよな」
高校生のお小遣い程度でも楽しめそうな記事の内容は確かに興味はそそられる。
特に夏祭り特集は楽しそうだ。
各地の夏祭りの紹介、花火大会の穴場だと謳いつつ、もう穴場では無くなるであろう場所の紹介等、十時も思わず、ふっと笑ってしまう。
「……十時、は、夏休みはやっぱり家に帰るんでしょ。だったら、暇な時間もあるんだよねぇ?」
「へ?あー、帰るっちゃ帰るんだけど、暇かと聞かれたらなぁ…俺今年はバイトもしようかなと思ってて…」
「え、バイト?」
「うん」
実を言うと、そのバイトも誘われたもの。
『十時、バイトしない?』
『へ?』
昨日の夜、楓からの急な誘いはチーズケーキを食べさせられている時だった。
食べている時、では無く、食べさせらている時、という表記は正しい。
何故なら、口元に運ばれたスプーンに齧り付いたから、だ。
(いや、そこじゃない…)
『夏休み、僕の家でバイト』
『え、先輩ん家で…!?』
その日はグラスに入ったアイス風のチーズケーキ。
冷えたそれはとろりと舌の上で溶け出し、おおおおおおっと感動に震え、取り乱した情緒に任せ床に転がりそうになった十時だが、その楓の誘いに眼を丸く開いた。
『どうせお前暇だろ?だったら小銭稼がないかって話だよ』
『何で暇って決めつけるんすか』
『忙しいのかよ』
『……忙しい、かと聞かれたら…そりゃ…暇、かな、と…』
その十時の悔しそうな声音に、髪を掻き上げた楓はしてやったりと笑っている、様に見えたが…
(もしかして今までのケーキ分働いて返せとか言わねーよな、あの人…)
無いとは言い切れない、一抹の不安は拭えない。
けれど、
(ケーキ屋か…)
少し楽しみになっているのもまた事実。
いつも表の綺麗なキラキラとした部分しか見えない物の、裏側を見る事が出来る。
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