サブリミナル効果

3/24
前へ
/175ページ
次へ
今迄の十時ならばそんな裏事情等あまり興味が無かった事だが、 (なんだかな…) 楓がチーズケーキを作る姿は何故だかずっと見ていられるのだ。 自分が全く料理等出来ないと言う前提はあるのだろうが、まるで魔法みたいに色々な材料からあんなに美味しいチーズケーキを作り上げていく姿は見ていても楽しい。 あと、これも悔しくもあり、癪だが腕まくりをしている楓はカッコよさが三割は増している気がすると十時は思う。 いつもの軽薄そうな笑みもなりを潜め、真剣味を増した表情も助長しているのかもしれないが。 (それに作ってる時のあの人楽しそうだよなぁ…) 夏休み言う長い休みの間、そう言った姿が見れると言う貴重な時間が持て、尚且つチーズケーキも食す事が出来るのでは? 結局十時の答えは決まっているようなものだ。 ―――なので、 「で、河野はどこ行きたいんだ?日程も決めとかないとだろ。流石に急に行こうってなっても俺準備もできねーし」 「…へ?」 「え?」 「何処、って…日程?」 「え?お前どっか夏休み遊びに行こうって話じゃねーの。俺はバイトするし、金貯めれるし」 互いに首を傾げ、訝し気に斜めから顔を見つめ合う事、十数秒。 「いっ、行くっっっ!!!」 「よしよし」 慌てふためき、必死の形相の河野はぎゅうっとパンフレットを握りしめると、約束だからねっ、と圧も念も強く、 「おう、あ、俺旨いもんあるとこ希望な」 「し、仕方ないねっ、じゃ、僕が色々とチェックしててあげるからっ」 もうっと唇を尖らせるも、その様子から嬉しさは隠しきれていない。 ピンク色に染めた頬は緩み、油断するとニヤリと浮き上がる口角に可愛い、と素直に思う十時もふふっと眼を細めた。 隣からも『やべー…河野可愛い…』なんて聞こえ、考える事は皆同じらしいと、それにもぷっと噴き出す十時だったりする。 ***** 1人部屋の良い点は矢張り誰にも気兼ねする事無い、自由気ままに生活出来る所だ。 別に他人が居たら居たで、それなりに楽しい事も助かる事もあるのだろうが、今の所別段困っている事等無い十時にとっては一人部屋なのは非常にのんびりと出来て有難い。 あまり整理整頓するのも得意でないし、綺麗好きかと問われたらそれも否。 だったら、この1人部屋と言うのは明らかに自分向きだと思える。 そう思ったらデメリットは何だろうか。 一人だと寂しい? 一人だと怖い? いや、そんなのではない。 「おいっ!内山田っ!お前夏休みに和沙とデートってどういう事だよっ!!!」 「で、デートじゃないよっ!!な、なななな何言ってんのさっ!ちょっとした旅行って言うか…た、達樹だって一緒なんだからっ!!」 「えー…和沙俺今その話初めて聞いたんだけど…いつ計画したんだよ…」 「……………」 何故か溜まり場として使われる事だろう。 「旅行!?ととととと、泊まりぃぃぃぃ!?お前マジふざけんなよっ、内山田っ、お前此処で正座で説明しろっ!!」 「煩いなぁ、先輩には関係ないでしょっ!!」 (煩いのだけは全力で同意するけど…) 自室のソファは河野、前原、そして何故か居る志木と楓に占領され、ベッドの上に体育座りの十時はその光景を溜め息混じりに声を掛ける。 「つか、何で先輩がその話知ってるんすか…」 そうだ。 この話は今日の午後に教室でしていた話だと言うのに、何故上級生である志木が知っているのか。 じっとりとした眼を向ければ、一瞬ぎくりとその立派な肩を跳ねあがらせた志木だが、きょとん顔を見せると『えー何の事ぉ?』とカマトトぶった態度を見せた。 ―――下手くそか。 誤魔化し方が下手にも程がある。今日日の小学生の方がまだ上手く小回りの利いた立ち回り方を知っているだろう。 しかも、妙に腹立たしさを感じる。 その態度に苛立ったのは十時だけではない。 河野もぞぞぞぞっと腕に鳥肌を立てると、目一杯に眉間にこれでもかと言う程の皺を寄せた。 「あ、んた…もしかして…うちのクラスにスパイでも回してんの…?」 「…………いや、居る訳、ないじゃん」 いるな、これ。 下手くそかっ 部屋に居た全員からそんな言葉を投げつけられる志木があたふたと隣に座る幼馴染に縋る様な眼を向けるが、それを笑いながらも煩わしそうに手で振り払う楓はそのまま椅子から立ち上がり、十時の隣へと腰を下ろした。 「志木の隣だと潰されるっつーの。っとに筋肉しかねーよ、あいつ」 「…はぁ。つか、マジで俺のクラスにあの人の回しモンが居るんですかね」 「志木に憧れて空手部の奴とか居るんじゃね?僕もそこまでは知ったこっちゃねーよ」 (うーん…) そんなクラスメイト居ただろうかと考えるも、思い出せない。クラスメイト全員の部活動までは把握する必要性も無かった為に無知に近い。 そんな事を考えていれば、いつの間にか十時の隣へと移動した楓に河野がぎゅんと眦を釣り上げていた。 「滝村先輩何で十時の隣に居るんですかっ」 「はぁー?僕が何処に座ろうが、お前に関係無くない?相変わらずうるせー。まじ小姑根性染みついてんなぁ」 前髪を掻き上げ、がしがしと頭を掻く楓は今日も眼鏡が似合っている。
/175ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3297人が本棚に入れています
本棚に追加