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ガチャっと扉の開く音がしたのは玄関の方からだ。
「あ」
「…は?」
向こうも向こうでこの時間にまさか志木が起きているとは思っていなかったのか、少し癖の付いた髪に垂れた眼が大きく瞠られたが、すぐにポットの方へと足を向けた。
「おはよう、志木」
「…はよ」
「コーヒー淹れるけど、飲むか?」
「あー…おう、頼むー…」
って。
「いやいやいやいや、違うだろぉぉぉぉぉぉ!!!?え、ええええ?」
ソファに座り掛けていた体勢を体幹でぐっと戻した志木が風を巻き起こさんばかりの勢いで楓へと近付いた。
「何がだよ、朝からうるせぇ」
「いや、お前、えぇ?お、お泊まり?お泊まりなのかっ!?」
寝癖の付いた髪と皺の付いているTシャツにスウェット。
普段こんな寝起きですよ、と言わんばかりの姿で部屋から出て来る事がない楓が、外から入って来たのだ。明らかにどこかへお泊まり後、朝方になったからと、戻って来た、と思う方が正しいだろ。
「え、えええええ?おま、え、マジか…」
男女問わずにモテるのが当たり前なのだから勿論この男子校でも酸素を吸う様にモテているのは知っている。
実際入学時からすぐに何度も告白され、襲われ、未遂だった事もあった。
けれど、男とは付き合わない。それ故に決してこの学校の人間に手を出す事は無いのも確信していたのに。
「ちょ、まじで誰だよ」
「朝から暑苦しいんだよ、近付くな」
無意識にだろうが、ずいっと身体ごと近づけて来る志木の顔圧に胸焼けを起こしそうだ。
うんざりと舌打ちする楓はポットの湯が湧いたのを確認すると適当にインスタントの粉をカップへ入れると湯を注ぐ。
「ほら、取り敢えず落ち着け」
「お、俺は落ち着いてるぞっ」
と言いつつも先程から瞬き一つしていない事に気付いているのだろうか。
段々と血走り、ぐわっと見開かれた志木の眼が恐怖でしかない。
ごくごくと猫舌のねの字も無い志木はコーヒーを飲みながら自然と体勢は前のめりに。
「で、で、だ、誰だ?」
「…何が」
「相手だよ、お前と一夜を共にした相手っ!」
「十時だけど」
「ーーーーあ?」
「十時と一緒に居た、っつーか、付き合う事になったから」
楓のごくっとコーヒーを一口飲む音が室内に響く。
「でもまぁ、一応此処だけの話って事で。まだ公表するだけの度胸がねーんだとよ」
ふっと皮肉に笑う楓が何を思い出しているのかは定かでは無いが、どうもご機嫌は悪くはないらしい。
「まーでもこれでお前も河野和沙が十時に取られる心配は無くなったろ。長期戦で行くのも悪くねーんじゃねぇの」
そして、カップの中身を飲み干すと、『あともう一言言いてーんだけど』と前置きをし、
「志木…お前、コーヒー全部口から流れでてんぞ」
*****
そしてその頃、話題の十時と言えば、
「…………」
顔を洗ったついでに己の顔をまじまじと見詰めていた。
今日も相変わらず釣り上がった眦に三白眼。
殺人鬼顔とは流石に言われた事は無いが、地下鉄でスリ程度ならやっていそうな犯罪者顔だ、と言われた事のある、自分の顔だ。
ただ話してみると気さくでやる気が無さそうな脱力具合がいいだとか、笑った顔はお人好しそのものだとか微妙な褒められ方もされる。
しかし悲しいかな、女子には全くウケが宜しく無く、心無い言葉を吐かれた事もあった。
別にモテたい訳じゃなかったが嫌われるのも納得いかない、と思っていた中学時代。
そんな当時の自分が、昨日の十時を見たら何と思うだろうか。
(結局…一緒に寝ちゃったよ、おい…)
しかもぐっすりと楓に寄り添って、だ。
一番最初にベッドに入った時はそれなりに距離を取ったつもりだった。勿論ダブルの様に広いベッドでは無い故に、男子高校生二人が並んで寝ると言う絵面の悪さに加え、身を縮め窮屈さに息が詰まりそうだったのだが、気付けば楓が長い手足を利用し、抱き抱える様に吐息を立てていた。
十時も十時で、結局ふわりと伝わる温もりに心地良さを覚え、縋る様に楓に手を回し、その胸元に顔をすり寄せてしまい、見方によっては見目の悪い十時が変態に見えていたかもしれない。
その上、元気な現役男子高校生。
朝からそちらも元気になってしまっていたのを楓に気付かれ、にやりと笑われたと同時に気持ち良くさせられてしまった。
(あ、朝から…抜いてしま、った…)
器用に、あっと言う間に短パンと下着を脱がされ、汚さなくて良かったぁー、なんて、そんな問題では無い。
思い出しただけで顔から火が噴き出す程に恥ずかしく居た堪れない。
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