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「…ま、毎日…来る訳じゃ…ないよ、な」
それなりの事、一通り、の意を悶々と想像していた十時だが、昨日は意外にもそんな想像とは全く違いあくまでも添い寝の様な夜で終わった。
ほっとして気が緩んでいたのかもしれない。
『十時ぃー、おはようのちゅーって必要じゃね?』
『ちゅー…っすか…』
いや、それでもちゅー如きで反応してしまうとは。
寝起きの顔がレアだったからだろうか。
寝癖の付いた髪が予想以上に可愛い、なんて思ってしまったからだろうか。
ちゅーどころじゃない、濃厚なキスだったから、だろうか。
(あの人…俺が初心者だってことも忘れてるだろうー…)
男子たるもの、朝勃ちくらい当たり前。
そこに恋人が都合良く居れば、抜いてあげるのも当たり前。
そんな風に楓は言ったが、それに慣れるのには時間が掛かりそうだ。
朝から長い溜息を吐き出し、十時はようやっと制服に手を掛けた。
前原達樹。
河野和沙の幼馴染兼保母者の様な立場として幼少期より苦労性と言うスキルを身に着けた。
顔は悪くは無いが、隣に河野が居ると矢張り霞み、頭も悪くは無いが飛びぬけて良い訳でも無く、身長も今の所ぴたりと平均値で止まっているが、これ以上伸びないだろうな、とは本人も自覚していたりする。
そんな彼は実は人の空気に敏感だ。
元々河野関連でしなくていい苦労をしてきたのだ。明らかに怪しい人間、危ない人間、いい人を装って近づいてくる人間等から。
守るべきは自分だけではない、河野を中心にしてきた日々。
でもそんな時間が嫌かと聞かれたら、彼は別にと答えるだろう。どう転がしてみたって、河野和沙の事は大事な幼馴染であり、友人であるからだ。
まぁ、そうした経験が積み重なり、人一倍空気を読む事に長けていると同時に鼻もかなり効くようになっていた。
そんな前原が今、十時を前に――。
「………」
「…え?何、俺の顔なんか付いてる…?」
「………い、いやっ、」
恋人設定等消失してしまった今、河野の迎え等拒否してもいい筈の十時だが、すっかり習慣化してしまったのか、こうして朝は部屋の前まで来てくれる律儀ぶりには頭が下がる。
三白眼にあの強さ。
本来ならば臆病な前原にとって、あまり好む人間ではないのかもしれないが、十時は別だ。
何だかんだ面倒見が良く、目付きの悪さも笑えば半減どころか、人好きする上に、あの河野さえ懐いているのが良く分かる。
総じて優しい、と言うのが一番の理由なのだろう。
そんな彼にふと見えた違和感。
準備に手間取っている河野の代わりに十時を迎え入れるべく扉を開けた前原だったが、ぱちぱちっと数回瞬き後、じわりと感じる、違う何か。
「あ、えーっと…おはよう、内山田」
「おはよ。飯行けそう?」
「う、うん、和沙ももうちょっとで…」
と、言い掛けて無意識に十時へと動いた前原の鼻。
くんっと嗅いだ匂いに覚えがある。
(あれ…どこで、だっけ?と、言うか、誰から、って感じ?)
十時からふわりと香った匂いに覚えがあるのだが、全く思い出せない。
でも、絶対に十時の匂いではないと断言できるだけあって、気持ち悪さと言うかモヤモヤとした気分にうーんと唸っていると、そっと額に手が当てられた。
「……え、何?」
「いや、明らかに様子可笑しいから、熱があるとか、と思って…」
「………そういうとこだよ…」
「は?何マジで熱あんのか?」
普段あまり頂ける事の無い心配と言う優しさに触れ、思わず目頭を熱くしてしまった前原だが、
「お、お待たせ…っ!!」
背後から支度が済んだのか、慌てて飛び出した河野が、うっかり★躓いて思い切りのいいタックルを受ける羽目となるのだ。
*****
付き合う、と一言で言っても一体何をするべきなのか。
あれから数日。
窓から見える青空が眩しい。
すっかり夏になった今、額から滲み出る汗を拭きながら、下敷きで自分を仰ぐ十時の隣の席の河野は不在。どうやら担任から呼び出しを受けたらしく青白い顔色で職員室へと向かって行ったがあの調子ならば原因は察しているのだろう。
(この間の小テストぼろぼろだったもんな…)
ちなみに今度の期末では赤点一つで三日、二つで六日と補習が課せられる。
折角の夏休み、教員達もそんな補習等御免被りたいのか、問題点の強い生徒達を個人的に呼び出し期末テストに向けて発破をかけているらしいのだが、自分も呼び出しあるかもなぁ、なんてまるで他人事の様にぼんやりと思う十時は溜め息を吐いた。
(付き合う、って何だろうな。何したらいいんだ?)
夏休み前、期末テストもあると言うのに最近考えている事はこんな事ばかりだ。
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