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「三年に絡まれたぁ?えー知らねーなぁ」
事の経緯をかいつまんでではあるが、説明を聞いた志木が首を捻る。
どうも本当に見覚えが無いと言わんばかりの態度だが、そんな志木を呆れたと言わんばかりにソファに並んで座る楓はわざとらしく隣で大きな溜め息を吐いた。
「斎藤じゃねーの、さいとぉーさん」
狭いソファにぎゅうぎゅうに座る一年生の脳裏に瞬時に思い出されるトレンディ的な芸人の顔。
ジャケット芸と共に走り抜けていく映像に、三人共々一瞬呆けてしまったが、はっと我に返った前原が恐る恐る手を挙げる。
「さ、斉藤さん、とは、どちら様でしょうか…」
「そ、そうだよ、誰、その人っ」
次いで河野も身を乗り出し、ずいっと詰問すれば、赤く染まる志木の顔。
「え、そ、そんな台詞…まるで、ヤキモチ焼かれてるみたいでドキドキす、」
「御託はいいんだよっ!!さっさとしろよ、マジでっ!」
最近河野の中の男性ホルモンが活発なのか、段々と野郎臭の強い物言いになっている気がするが、今回はそこが問題ではない。
「もしかしてですけど、その斉藤さんて人と川添先輩、一回やり合ってます?」
「ご名答」
十時の憶測に即座に答える楓がふっと笑う。
今日も我が恋人ながら、独特な丸眼鏡にも関らず非常に似合っている、流石ぁ…なんて一瞬思ってしまった十時だが、それを振り払う様に首を振ると、コホンと咳払いを一つ。
「なーんか…読めて来た…」
「は?何がだよ。つか今更斉藤とか出てきて何に何だよ…っ、あ、まさか和沙に惚れてるとかじゃねーよなぁ!!!?」
「筋肉馬鹿は黙っとけよ」
辛辣な楓の一言に、ひゅっと息を呑んだのは何故か前原で身体を固くしたのが見て取れ、その気持ちも何となく分かる十時がこっそりと笑っていると、河野の鋭い睨みが飛んだ。
「僕は意味全然分かんないんだけど…どう言う事?」
地鳴りでも響いてるんじゃないかと思う程の声音だが、相も変わらず微笑を浮かべ続ける楓は鈍いねぇ、と、すっかり恒例となっているのか、煽るスタイルを貫いている。そんな楓に眦を釣り上げる河野にやれやれと溜息を洩らした十時が取り合えずと話を続ける。
「斉藤さんて人、もしかしてだけど河野を使って川添先輩に一泡吹かせよう、って思ってるんじゃないんすかね…」
「は!?何それ、いい迷惑なんだけどぉ!僕全然関係ないじゃんっ!」
それをお前が言うのかよ。
皆の視線が一斉に注がれるが、そんな物は一切気にしない河野がぷりぷりと頬を膨らませる。正直羨ましい。そんな図太い神経、隣の前原に少しでも与えられたらいいのに、と。
「…ま、もしかしたら、そうかもしれねーな。おい、志木。お前しばらく河野のボディガード役やったら?」
「え、何お前本当に天才だな、喜んで」
素晴らしいとも言える提案を出す楓へ親指を突き出す志木の眼がこれ以上無い位に輝いている。
いや、それよりももっと他にやるべき事があるのでは、と思うのは自分だけなのだろうかと思う十時だが、
「あ、あの、それでは何の解決にもならない気がするんですが…」
意外にもぼそっとそれを口に出したのは前原だった。
ぱちっと眼を見開く上級生二人に、前原がぐっと拳を握る。
「川添先輩とその斉藤さんの問題、なんですよね…だったら、一度二人できちんと話なり拳なりで解決してもらわないと、結局いつまでも和沙に不安が残るだけなんですけど…」
弱々しく小声に俯いてはいるが、その意志ははっきりと。
こんなに自分の気持ちをストレートに言える男だったのかと、ここに来て十時も感心し、思わず、おぉ…っと感嘆の声を洩らした。
いつもは和沙の隣に居るだけの、小心者、顔色悪いキャラと思っていた前原が、しっかりと意見を言った。しかも自分達に。
流石に志木も楓も眼を瞠り、まじまじと前原を見詰める。
「な、まいき、だとは、思うんです…が、」
一気に二人の視線を受けたせいか、再び顔色を悪くする前原は益々身体を縮めるが、何となくぽんとその頭に掌を乗せれば、弾けた様に顔を上げ十時を見詰めた。
「お前本当河野の事好きだな」
「いや、だって…幼馴染、だし…」
顔を赤くし、指先を弄る姿が何だか可愛く見えてしまう。
そのまま頭に乗せた掌でぐりぐりと撫で回せば、照れ臭そうに俯く前原に河野もぎゅうっと唇を噛み締めている。
「そっか。よし、じゃあ俺がもう一度斉藤と…」
「いや」
何をしようと思っていたのか。
見て分かる程にぐっと力強い拳を握る志木に制止を掛けたのは楓だ。しばし思案する様に顎に長い指を掛けた後、ゆっくりと口を開く。
「取り合えず一体何の用だったか、って事だけでも先に聞いた方がいいのかもな」
「はぁ?」
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