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楓の言葉にあからさまに不機嫌な声を出す志木だが、
「だって、もしもただの純粋な疑問として『志木の恋人なのか?』って聞こうとしただけ、なんて言われたらどうすんの?お前の早合点で斉藤に因縁付けたら、それこそ面倒な事になるぞ。お前から喧嘩売られた、とかで」
「あ、まぁ…そう、なるのか?」
志木の言葉に一瞬怯み、眉間に皺を寄せた。
「ただでさえ、お前一年の時に生意気だってイチャモン吹っ掛けられて、逆に斉藤達をボコってんだ。今回はあっちはあっちで色々と足りない頭で何か考えてるかもしれねーんだから慎重にしねーと」
―――聞かなくても分かった彼等の因縁の元。
(まぁ、そんなこったろーと思ってたわ…)
単純明快過ぎる彼等の過去に表情が引き攣る一年生たちを他所に、二人の話は続く。
「…けど、まぁ。多分河野を使ってお前に何かしようとしてるって考える方が普通だろうけどなぁ。もしくは、本当にマジでお前みたいにクソ程趣味が悪くて河野和沙に好意を持ってる、とか」
「え、ちょっと待って。何かすっごい失礼な事言われてない僕?」
「はぁ!?冗談じゃねーぞ、斉藤と同じ趣味とかまずあり得ねーっ!!しかも和沙は俺が先に目ぇ付けたんだからなっ!」
「ねぇ、ちょっとぉ!聞いてんのぉ!!?」
「よく似てんじゃん、斉藤とお前。同レベルっつーか、似たモノ同士っつーか。同族嫌悪なんじゃねーのぉ?そういや、齋藤前にくっそダサいシャツ着てたわー。趣味悪いのは本当かもなぁ」
「ねぇってば、ちょっとぉぉぉ!!」
――――なんだかなぁ…
結局ぎゃあぎゃあとやかましいだけの場と成り下がった志木達の部屋で肩を竦めた十時はもう一度前原の頭をぐりぐりと撫でた。
「う、内山田…?」
「マイナスイオンを欲してんだよ…」
濃く重い、胃もたれしそうな男共ばかりだと、優しくて繊細な物が欲しくなる、ごもっともだ。
*****
廊下を歩きながら、うーんと無駄に固まった肩を回す。
話し合いにもならなかったが、取り合えずは普通に過ごす事、となった。
志木が傍に居ると激しく主張したが、そんなの余計に恋人だと思われるっ!と断固抵抗する河野はしっかりと十時の腕を掴み、
『いざとなったら十時が居るもんっ!』
なんて言ってくれたが、はっきり言って自信は無い。斉藤がどんな男かも分かっていないと言うのに。
けれども、河野が譲らないから仕方ない。
『次絡まれたらはっきりと言えばいいんだよっ。僕は川添先輩とは関係無い、って。喧嘩したいなら僕抜きでお願いしますっ、ってね』
薄い胸を張ってそんな事を言ってはいたものの、そんな事で斉藤さんとやらが納得してくれるならばいいが。
よろしくね、なんて部屋へ戻って行った河野はその辺を分かっているのだろうか。
(…まぁー、あまり人気の無い場所には行かないようにしないとな)
期末テストが終われば、すぐに夏休みへと入る。
折角の長期休暇前に面倒事はごめんだ。
それに楓の家でのバイトだって。
何をしたらいいのかは未だ分かってはいないが、それでも少し楽しみになってきたのだ。
初めてのバイト、それが楓の家の洋菓子屋。
そう、一応恋人の家、なのだから――――。
(………………恥ず、)
もしかして浮かれてる?
自問自答するも、いやいやとその考えを掻き消す十時は自分の部屋まで戻ると扉の鍵を回した。
よし、すぐに寝よう。
他人事だったのに、疲労感が激しい。
そう考えていたのだが、扉が開いた瞬間、ドンっと背中を押された。
「――へ、」
玄関先は人間の体温を感知すると自動的に電気が点いてくれる。
咄嗟に首を捻れば、
「あ、…」
「来ちゃったぁ」
軽い声音とさらりと流れるメッシュの入った栗色の髪。眼鏡が光る楓がそこに居た。
壁にを付き、まさに壁ドン状態のそれに目を丸くする十時を笑っている。
「え、び、っくりしたじゃ、ないですか…」
本当に心臓がドキドキと煩い。
それがただ単に驚いただけなのか、それともそこに楓がいるからなのか。
考えていた事が事だけにドキマギと視線を逸らす十時はぐぅっと喉を鳴らした。
「何ぃー、僕の気配に気付いてなかったのかよ。油断してんじゃねーのぉ?」
「い、いや…つか、色々考え事してて…」
「へぇ…」
ずいと近づいた顔がニヤリと笑う。
「僕の事、とか?」
ーーーーーな、
「ーーな、に、」
言ってるんすか。
と、笑う筈だったのに、ひくっとだけ動いた口元が肯定を物語る。
冗談で言ったつもりだった自分の軽口。
しかしそんな十時の反応に、ぐりっと眼を動かした楓だったが、すぐにふふっとそれを細めた。
「十時、鍵掛けて」
「え、は、はい」
カチリと鍵を回されたのを確認し、楓はそのまま中へと進んで行く。
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