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すっかり我が物顔だ。
壁にあるコンセントから伸びた延長コードにズボンのポケットから取り出したスマホの充電器を差し込み、早速充電するあたりが何とも言えない。
ちなみにこの延長コードも楓が持ち込んだものであり、『十時も自由に使いなよ』なんて言ってくれている。尤も、そんなに家電も無い十時にとっては不要の物であり、専ら楓専用ではあるが。
「おいでぇー」
ソファに座り、ひらひらと手招きする自由振りにこっそりとため息を吐きながらも、いつも通り隣に座ろうとする十時だったが、
「違げーよ」
「は…?何が?」
「此処だよ、こぉこぉー」
此処と言いながら、ぽんっと楓が叩く場所。
「ーーーーえ…」
膝だ。
見間違えでなければ、そこは楓の膝。
(え、え、えええ?)
まさか、膝の上に乗れと言っているのか、この男。
楓の顔と膝を交互に見遣り、冗談だよな、と眼圧に込めてみるもニコッと笑われ、さっさとしろよ、の圧力で返される。
無知で通せばいいのに、要らん所で空気を読む自分が恨めしい。
「いやー…あの、俺、結構重いし…」
加えて、それなりの羞恥心だって当たり前の様にある。
高校生になって人の、しかも身内では無い、他人様の膝の上に乗るなんて。
それ何て苦行?
ふるふると首を振るも、
「乗れ」
ミリ単位の高度の声に残像も残らぬ速さでその膝へと腰を下ろした。
座高が低い所為か、身長差があるとは言え、この体勢になると楓の旋毛が見える。
さらっとした髪が顔を擽り、ほんのりと香る匂いはシャンプーかと楓の肩に手を乗せ、思わず鼻を寄せると、笑う声が顔の下から聞こえた。
「頭の匂いとか嗅がれたの初めてだわ」
そんな声に今更だが、かぁーっと顔に集中する熱。
改めて自分を顧みれば、ただの変態行為だ。
「さ、さーせん…」
いや、本当、無意識だったんです、と弁解したい所だが、やってしまったのだからただの言い訳になるだけ。
変態の言い訳等、信用に非ず。
そんな真っ赤な顔を下から仰ぎ見る楓は満足そうに肩を竦めると、腹元にある十時の腰にぎゅうっと抱きついた。
欲しかったクマのぬいぐるみをプレゼントして貰った子供が力加減など知った事かと抱き締めるような、力一杯のそれにぐぇっと声が出るも、そんな十時の様子等気にも留める雰囲気も無い楓は目の前にある胸に頬を寄せる。
まるで、本当に甘えている様なその仕草。
(え…えー…)
こんな場合、『恋人』としての対応は一体何が正解なのだろうか。
されるがままにしばらく自由にさせるのが効果的なのか。
一体何に効果があるのかは知らないが、経験値が殆ど皆無、ミクロン程度しかない十時がテンパるのも無理は無い。
けれど、
(ちょ、っと、可愛い、かも…)
むぅっと眉根を寄せ、一体どんな顔でこんな事してるんだと思いはするものの、仕方無いと十時はゆっくりとその手を楓の頭に回し、包み込む様に抱き締めた。
少しだけ、ぴくっとその肩が揺れた気がしたが、抵抗される訳でも無いのだから、此方も気にする事は無いのだろう。
でも、一応、
「…先輩、これ、何?」
お伺いは立ててみる。
「えー、癒されねーの?」
「……は?」
癒し?
楓からまさかそんな純粋無垢な単語が出てくるとは想像もしていなかっただけに、間の抜けた十時の声が室内に響く。
「十時が疲れてそうだったから、癒してんだけど」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
耳がイカれた訳ではないのだと、ほっと安堵した十時だが、それはそれでどう言う事だと再び身体を固くする。
もしかして、冗談?
笑うべき?
色々と思案するも答えが見つかる訳でも、あるとも思えない。
「つ、かれてる、みたいに見えました…?」
(憑かれてる、とかじゃないよな)
そんな不気味な考えも脳内で生まれるも、
「疲れてんだろ、僕は恋人だから分かっちゃうんだよなぁ」
どう最高だろ?
なんて見上げて笑う楓は、本当に冗談でなく、十時を癒しに来たらしい。
笑えるやつではなかった。むしろ笑わなくて良かった。
自分の選択に小さくガッツポーズをする十時の寿命は縮むのを免れたようだ。
「あー…りがとう、ございます…」
取り敢えず礼を言い、もう一度楓の頭に顔を寄せた。
細い髪だ。
一本一本が細く、手触りが良い。
自分の黒々とした、少し硬さがある髪とは全く違うそれに、矢張り匂いがいい。
(癒し、か…)
ぎゅうっと少しだけ力を込め、唇を楓の髪に押し当てる。
「うん、癒された、気がしますよ」
「だろ。大体こう言うのかなりレアなんだから、そう言った面でも運いいよ、十時」
なるほどー…。
わぁーい♡
とは、流石に言えない。
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