サブリミナル効果

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膝立ちで体勢を保っているとしても、こんな自分を抱っこさせると言う罪悪感に、付け加え拭いようの無い恥ずかしさ。 けれど、そんなに疲労困憊な顔をしていたのだろうか。 これみよがしにした記憶は無いが、楓が言う通り気を抜いていたのかもしれない。 結果こんなアニマル療法もどきを涼しい顔してやってのけてしまう辺り、気の毒を通り越して、この人も変態なのでは無いかと疑惑を持ってしまうが、 「これでマイナスイオンとかいらねーだろ」 ふふんと笑う声と共に聞こえて来た声に十時の眼が大きく見開かれる。 (…マイナス、イオン…?) 何だそれ。 どっからそんな…と首を捻れば、 『う、内山田…?』 『マイナスイオンを欲してんだよ…』 ――――あ、 そんな会話が脳内で思い出される。 (………え、この人、) あの騒がしい状況の中、十時と前原の会話を聞いていたと言う事なのか。 えええええ…… (何、それ、それで此処まで来た訳?えー…意味が分からん。分からんけれど…) ――――か、わいい… 本当に癪で悔しくてならないが、ガタイに似合わない、何と可愛らしい事をするのだろうか。 ぎりぃっと奥歯を噛み締め、にやけるのを押さえるも、反動で身体が震える。 この行動の意味を考えれば、まるで理解は出来ないが、それでもこんな姿を知っているのは自分だけかもしれないと思うとぞくぞくと背中に悪寒にも似た感覚が走り抜ける。 そんな自意識過剰とも思える事を考えてしまう自分に嫌悪感も感じても、だ。 「で、十時」 「ひゃ、はいっ」 声が裏返ってもご愛嬌だと思って頂きたい。 「さっき、マジで僕の事考えてたのかよ、お前」 「あ…、えっと、そのバイトの事、です…」 決して嘘ではないが、震える声も許して頂きたい。 「ふーん」 「バイトとか、初めてで、上手く出来るかな、って…」 本当にそんな不安はあるのだから…嘘ではない。 浮かれている雰囲気なんて出したら、きっとからかわれる事間違いなしで、何を言われるか分かった物では無いと思う十時は、言葉を選ぶ。 けれど、そんな十時にふふっと笑い腰を抱きしめる楓は首を傾げながら見上げた。 「心配すんなよ。うちの従業員が一人フランスに二週間だけ短期留学するから、その間だけだしな。その人の代わりは僕がするし、十時は店舗で掃除だとか、洗い物担当ってとこだ」 「…先輩も居る、んだ」 と、言う事はずっとケーキを作る楓が拝めると言う眼福付きかもしれない。 「当たり前だろ。僕が誘ったんだから責任持って十時の世話もしなきゃなぁ?」 にやりと笑う唇は艶やかだ。 くるりと動く紅茶色の眼がビー玉の様に綺麗だが、それとは別に連想するのは、チーズケーキ。 チーズケーキを食べて、キスをする、と言うのが最初のうちのルーティーンだったせいか、意識せずともごくっと鳴る喉に浅ましさを感じてしまうがそれに気付ける程十時はまだ大人では無い。 「家に帰るのが面倒だったら、うちに泊まればいいし。どう?僕と居たら便利だろうぉ」 「…そーっすね…」 「まぁ、それを踏まえて、」 「え、うっ、わ…っ!」 ばっと、捲り上げられたのは十時が着用しているTシャツ。 (へ…、え、この人何してんの?) 勿論捲り上げたのは楓だ。 いきなりシャツを掴み上げると言う謎の行為に風を巻き起こさんばかりに瞬きし、眼を白黒させる十時だが、空気に曝された素肌に触れる吐息にびくりと身体を跳ね上げた。 「ちょ、せんぱ、」 反射的に腰を引こうとするも、片手でしっかりと腰を固定され、それもままならい。 そして、濡れた感覚が胸元に走る。 まるで、軟体動物が這った、そんな感覚に今度こそぞぞぞっと栗立つ肌。 これは、 (う、そだろ…) ーーーもし、かして、 と、恐る恐る自分の胸元に視線を下ろす。 ぱちっと合う楓の眼が三日月を描き、さっき艶やかだ、と思っていた唇がしっかりと十時の胸元にある小さな突起を含んでいた。 「こっちも、そろそろ育ててやらないとなぁ」 ーーひゅっと息を呑んだのは、恐怖では無い。 え、 (エロ過ぎるだろ…) ぶるりと身体が震えたのも、きっと楓に伝わった筈だ。 それがどう言う感情から来たものか、なんて、きっとこの男には分かっているに違い無い。 笑っていると容易に分かる吐息と唇からの振動が乳首を伝わって分かる、とか。 (ほんっと…笑えねー…) でも、このままでは癪過ぎる。 真っ赤になった顔で、唇を噛み締めていた十時はぐっと楓の顔を両手で持ち上げると、眼鏡を取り上げた。 いつもの、儀式の様な、それ。 「や、っぱ、キスからしたい、です」 戸惑いの混じる声ながらも、欲情の混じった声音に楓がうっそりと口角を引き上げたのが見えたが、少し開いたその唇に十時も自分の物を押し当てた。 舌先が押さえ込まれる。 唇が離れても、舌だけが繋がっている、とか、 (…いやらしー…) 本当に、快感が過ぎる。
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