サブリミナル効果

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男子に生まれて今年で早十六年。 まさか、こんな場所がジンジンと痺れる様な痛みを経験させるとは去年今頃、のほほんとチーズケーキを満喫していた自分は想像していなかっただろう。 「…内山田、今日はずっと猫背だな」 ぼそっとそんな事を眉を顰めて心配そうに言ってくれる前原だが、それに曖昧な作り笑顔を返すしかない。 「本当だね。もっとシャキっとしなよ」 河野にまでそんな事を言われ、忍びなさを感じる十時は目の前のうどんを啜る。 だって、本当の事など言えない。 言えるか? いや、無理だろう。 (めっちゃ…ジンジンする…) ーーーー乳首が、 とか。 (言える訳が無い…) ずるるるっと啜るうどんは旨いが洩れるは溜め息ばかり。 今日体育の授業が無くて良かったと心から思う。 着替え時にこんなものを見られると思うと恐怖しかないからだ。 朝、寝ぼけ眼におはようのキスだとか何だとか落とし、爽やかに帰っていった楓の置き土産は、ぽってりと腫れた乳首と、その周りに作られた噛み跡。 確かに昨夜、楓によって散々『育てる』と言う名目で嬲られた箇所ではあったのだが、鏡で見て心底驚き、制服を着た時もその痺れに暫く蹲った程。 (いかがわしいわー…) スープも最後まで器を持って飲み干す事も出来ない。 背中を伸ばし、胸を反らせば擦れるから。 「…あー…もう…」 ちぃっと舌打ちする十時を訝しげに伺っていた前原が河野に視線を流すも、河野も全く思い当たる節が無いと首を振る。 (大体…何が一番イラつくって…) それでもご馳走様と手を合わせる事は絶対に忘れない十時の耳が赤く染まっていく。 ーーー乳首だけで射精した、なんて事、絶対に言えない。 それを楓が驚愕した眼で見ながらも、嬉しそうに笑った、事も。 ***** 「…なぁ」 「なんだよ」 「滝村さん、見たか…?」 「へ?滝村さん?何かあったのか?」 自動販売機の前でそんな会話をしているのは、志木と楓の『クラスメイト』と言う名の彼等を慕う取り巻き達。 川添志木と言う男は意外にもカリスマ性高く、男に惚れられるタイプの男。盲目的に自ら下に付く者も少なく無いらしく、その上楓もあの美丈夫さに反し、『いい性格』と言うのが良くも悪くも人間を惹きつける。加えてあのスタイル、憧れ無い訳が無い。 ガコンっと自販機から落ちて来たペットボトルを拾い上げながら会話が続く。 「滝村さん…無茶苦茶機嫌良いぞ…」 「…は?」 「いや、だから気持ち悪いぐらい機嫌がいいんだよっ」 「あの人普段からニコニコはしてんじゃんか」 蓋を開け、煽る中身は炭酸水。 口内で弾けるパチパチとした刺激と清涼感が太陽が仕事にやる気を出した午後には堪らない。 「いやいや、眼は笑ってねーだろうが、どう見ても。そりゃ川添さんと話してる時は別だけどさ。で、特に最近は機嫌良いなーて日が多かったけど…あ、つか覚えてるか、お前。あの交流戦後」 「あー…覚えてるっつーか忘れらんないわ、あんなの」 ーーー滝村さんが、思っクソ川添さんの腹に一発決めたやつだろ… 今思い出しても恐ろしい。 一年生の歓迎会と言う名の鬼ごっこが終わった、その日。 ぞろぞろと帰宅する途中、取り巻き達と寮へ戻ろうとしていた志木の元へ普通に近寄ってきた楓が何の前触れも、構えも無く、その腹へと拳を決め込んだのだ。 『耳の掃除と感情のコントロールはちゃんとしとけ』 ーーーと。 身体をくの字に曲げた志木の背中にそれだけ告げ、周りの生徒達が目の前の光景に固まる中、『じゃ、帰るぞぉ』と眼鏡を光らせ何事も無かったかの様にヘラッと笑顔を見せたのは、トラウマになったと言っても過言では無い。 「あーれはキツかった…」 自分が殴られた訳でも無いのに、胃液を吐き出した志木に己を重ね、ぞっと悪寒を走らせたくらい。 「でもさー…言われてみれば、あの日辺りから滝村さん割と楽しそうにしてる、ような気がしないでも無いっつーか…」 「だろだろっ!それで今日特に機嫌良かったって、絶対っ!」 「そうだったか?」 「だって、ずーっとニマニマしててさぁ!時折何か思い出したみたいに笑うんだぜっ。で、それを川添さんも不気味そうに見てて、何も言わねーしっ」 「へぇ…何があったんだろうなぁ。全く見当がつかねーわ」 「まー川添さんの世話役みたいな立ち位置な人ではあるけど、割と謎だからな」 「だなー…あ、あれじゃね。川添さんじゃねーけどさぁ、恋、みたいなっ!」 ぶっ…っと噴き出される炭酸水。 気管にも入ったのか、ゲホゲホと咳き込む。 「はぁ、ちょ、それはねーだろっ」 「あはははっ、だよな、あの人男相手にしねーみてーだし。つかさ、河野和沙って、あの一年と付き合ってんだろ?」 「あーえっと…何だっけ、じゅうじ?だっけ?」 「山田、え、内山?あれ、分からん…」 「川添さんも結構辛い恋なんだろうな…」 「矢印一方通行、ってやつだな」 しみじみとそんな会話をしながら、廊下を進んでいく彼等はそのまま教室へと戻って行った。 青かった空が少しずつ曇り出したようだーーー。
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