3296人が本棚に入れています
本棚に追加
猫背の侭一日を終え、河野達と共に寮へと戻って来た十時にこの寮の管理人である初老の男性が声を掛けた。
「内山田君、お家から荷物届いてるよ。申し訳ないが時間を見つけて取りに来て貰っていいかな」
にこっと朗らかに、けれど申し訳なさげに笑う管理人は最近腰を痛めたらしく、寮内を上下するのもしんどい。故に荷物もこうして生徒達から取りに来て貰うと言う形を取っているのだが、勿論そんな事に文句を言う者等一人もおらず、十時も了解です、と答えると笑顔を見せた。
早速部屋へ戻り、Tシャツとジャージに着替え軽い足取りで再び一階に戻り、管理人室の扉を叩けば、申し訳ないね、と渡された小包。
ずしっと感じた重みに十時はハッと眼を瞠ると、次いでそれは渋いモノへと。
(あー…これ…いつものチーズケーキだわ…)
しまった、と言うのが第一声。
母親がまた送ってくれたのだろうが、今の十時には必要無くなってしまった、このコンビニのチーズケーキ。
嫌いになった訳では無い。むしろ、今まで自分の欲を満たしてくれた大事なチーズケーキには変わりない。しかし、今十時には楓のチーズケーキがあるのだ。
あっちの味の虜になってしまった今、非常に申し訳ないのは山の如し、食べる気がしなくなってしまっていた。
しかも、楓のチーズケーキを食べると、彼によって植え付けられた、思い出される快感。
現役男子高校生にはそれは堪らない、刺激だ。
(違う…、それは今関係無い…)
こんな誰でも通る廊下で何を考えてんだと赤面する己を叱咤しながら首を振りつつ、母親にもういらないと連絡しとけば良かった…と思っても今更。
(河野と前原にでもお裾分けするか…)
無駄金を使わせてしまったと言う罪悪感に捨てるなんて言う選択肢は無い。
はぁ、っと溜息を洩らしながら自室へ戻ろうと階段を上がろうとしたその時、十時の身体に影が落ちた。
誰か降りて来たのか、咄嗟に身体を端へと避けたが、
「お前、内田じゅうじ?」
「……は?」
絶妙な間違いに顔を上げる。
そこには階段の踊り場で不自然な程の仁王立ちを決めた生徒が一人。
階段の灯りが逆光となり、顔が見えづらい。
声にも聞き覚え等無く、自ずと、
―――どちら様?
最初の印象はそれ。
どことなく関わり合いにならない方がいいのでは、と言う直感が十時の中を走り抜けるが、こんな同じ学校で同じ寮。これから先顔を会わせる事は無い、なんて事はまず無いだろう。
後々面倒な事になるよりは、ここで対応をした方がいいのかもしれないと十時の中で一通りの考えが纏まった。
「…内田じゅうじかと聞かれると、違います」
律儀にそう返せば、頭上に居る男がえ、っと慌てた様にスマホを覗き見る。
「え、あ、内山田、か内山田じゅうじ、か」
「いや、それととき、です。十時、って書いてととき」
自然と敬語になるのは、相手の自分に対する態度から汲み取ったもの。感じ取れる高圧的な雰囲気は自分を一年と知っている上での態度、つまりは上級生だろうと身構える。
しかし、
「え、、と、とき。あ、そうか、そうなのか。とときか、へぇ…つか、ちゃんと読み仮名ふっとけよっ、くそかっ」
意外と、こう、何というか、お山の大将ぶっているくせに、間抜け感。
これがある人物を連想させると言うか、偏見寄りに見てしまうと、言うか。
ごくっと嚥下する十時の元に男が階段を下りてくる。
(………お、おぉぉぉ…)
蛍光灯の光でキラキラしているのかと思っていた頭は金に近い茶髪、耳元にはごちゃりと自己主張の激しいピアスが数個。
身長も思った以上に高く、袖から覗く筋肉も質の良い柔らかさが見て取れた。
そして何より眼を引いたのは、男が着用しているシャツ。
どこで購入されたんですか、と口を突いて出そうになるそれは、蛍光オレンジの生地にグレイの英字、フロントには紫色したバラがこれでもかとプリントされ、それだけでは飽き足らなかったのか、スカルまでデザインされている。
もう一つ言わせて貰うなら、どんな感情でそんな奇抜なシャツに同柄に似たパンツを合わせているのか。
セットアップかとも思ったが微妙に柄が違うそれに十時の眼が一点集中となってしまう。
(………だ、せぇ…)
人の好み云々に対し口を出す事は無い彼でも、そんな事を思ってしまう程のスタイルに、ふと脳裏を過った記憶。
「まぁ、いいや。おい、うち、ま、だ…うちまや、あー!言い辛ぇ!とときっ、よし、十時なっ!おい、十時っ」
「………………はい」
「お前、川添の存在が邪魔だろう?」
ニヤリと自信満々な笑みに、
―――ーあ、
十時の三白眼がくりぃっと動く。
『よく似てんじゃん、斉藤とお前。同レベルっつーか、似たモノ同士っつーか。同族嫌悪なんじゃねーのぉ?』
『そういや、齋藤前にくっそダサいシャツ着てたわー。趣味悪いのは本当かもなぁ』
最初のコメントを投稿しよう!