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想像通り、小包みの中には保冷剤と共にぎっしりと入ったコンビニのチーズケーキ。
新作なのか、マンゴーバージョン、パッションフルーツと表記されたパッケージも眼に入るが、がしっと一掴みすると、それらを斉藤の手に掴ませた。
「な、んだ、これ」
「チーズケーキっす」
「…いや、そりゃ分かるけど」
半ば強制的に押し付けられているにも関わらず、食べ物に罪は無い、と言うタイプかどうかは定かでないが、ろくに拒否や抵抗等せずに受け取る斉藤に思わず十時の口元は緩む。
「あんた達の間に何があったかは知らないっすけど。一度甘いモノでも食って考えてみません?俺、あんた悪い人じゃないと思うんすよね。こうして頭なのにわざわざ自分で出向いて来たんでしょ?」
「………」
黙りこくり手元のチーズケーキを眺める斉藤を前に、内心感じる小さな手応え。にたりと笑いそうになるが、それをぐっと堪える。
「川添先輩とやり合いたいなら、ガチで向かい合っていってみたら、どうですか。あっちも割と血気盛んだし」
「…お前、河野と付き合ってないんだよなぁ?」
「そりゃそうっすけど…まぁ、もう友達やってるんで、あんまり可哀想な事させたくないんすよね」
前原にもこれ以上胃に負担を与えたくは無いし。
むぅっと眉を潜め、複雑そうな表情で十時を見詰めるも、その眼に不穏な色は見受けられない。
(やっぱ…結構単純そうな人だと…思うんだよなぁ…)
志木の事だって、今となってはそんなに悪い人間だとは思ってはいない。ただ、馬鹿だとは思うけれど。
そんなところまで何となく似た感じの志木と斉藤。
やり方さえ間違わなければ、扱いやすいのかもしれないと肩を竦めた十時は、荷物を抱え直すと軽く斉藤へ向かって頭を下げた。
「じゃ、俺戻るんで」
「………」
返事は無いが、それを肯定と受け取り、さっさと自室へと向かう十時はようやっと、肩から力を抜き、軽い足取りで階段を昇って行った。
*****
期末テストも近い、と言う事で当たり前の様に十時の部屋に集合する河野と前原にチーズケーキをお裾分けしながら、『あぁ、そうそう』と雑談の流れで、
「斉藤さんに会ったわ、俺」
とさらりと告げた。
もぐもぐとチーズケーキを食べていた河野と前原の手と口が止まる。
ぎょっと見開かれた眼は、一瞬何を言われたのか分からない、と言った風に白黒としており、まぁ、そんな反応だわな、と一人納得している十時はふんふんと頷く。
「い、いやいや、え、ええええ、な、どういう経緯があった訳…!?」
「な、何もされてないのっ!!」
口内にパンパンに詰め込んでいたチーズケーキを、アイスティーで流し込み、幼馴染らしく二人同時にそう叫ばんばかりの勢いに、思いのほか押された十時だが、
「あー大丈夫。特別大したことはされてねーし」
あははっと笑ってみせれば、河野の愛らしい顔立ちがまた歪んでいく。
「大した事って…何話ししたのさ…」
「つか、どういう人?そっちのも気になる…」
珍しく興味津々と言った風な前原も若干前のめり気味。
さて、どう説明したらいいべきか。
「別に。取り合えず河野に手は出さないで欲しいとは言っといたよ」
「…そんなんで納得する様な男だった訳?」
「そこまでは知らんけど、でも何となく川添先輩に似た雰囲気っつーか、悪い人じゃないのかなーって言う感想かな」
川添と言う名に、益々不快感を露わにする河野は、それって本当に大丈夫なのー…っと、疑い深く呟くも、
「あ、そうなんだ…へぇ、じゃあ本当悪い人じゃなさそうだな」
「…は?」
ほっとしたように笑う前原にぽかんとした眼を向けた。
「な、何言ってんの…達樹…」
「え?だ、だって、川添先輩っぽいんだよなぁ?それに内山田が悪い人じゃないって言うし。だったら、そうなのかなーって…」
「はぁぁ!?意味分かんないんだけどぉ!」
河野の言いたい事は言いたい事で分かるが、どうも前原の中で、十時の発言の信頼度は高いようだ。
それに加え、志木の位置も悪い所には無さそうで、十時もぱちっと数回瞬きし、まじまじと前原を見詰める。
「え、な、何、内山田…」
見詰められて照れるのか、頬を染める前原は最低限とは言え、自分の意見を言える様になっている。
志木に対しても、一度は恐怖を感じるだけの相手だったのだろうが、何度となく顔を会わせていく内にその感情も少しずつ変化したのだろう。
(見ようによっちゃ面白い男だからなぁ、あの人…)
それに、ただ顔色を悪くしていただけとは違う、前原のその成長ぶりが何だか微笑ましい。
「十時も何でそんなにニマニマしてんのさっ!?達樹絶対どっか可笑しいよぉ!!」
ぽかぽかと河野からの可愛らしい攻撃を背中に受けながら、良い傾向だ、なんて思う十時の中では、すくすくと父性が育っていた。
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