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でも、同じ男のモノを触るのにも、楓のモノだと抵抗は無い。
むしろ、ほんのりと目元を赤くし、細く長い息を吐く彼を見るとぞくぞくと気持ちが昂り、愉悦に似た気持ちになる。
(いやー…マジで…)
お試し期間は冬まで。
すっかり胸元まで侵食され、残るは下半身のみ。
実を言えば、男同士のやり方もネットの先輩方に検索を掛けている十時だったが、一通り目を通した後に血の気の引いた顔でそっとブラウザを閉じてしまった、つい数日前。
いや、だからテスト前だって…
そんなツッコミを己に言いながら。
だが現実問題、『そこ』に辿り着いたとしたならば、一体自分はどの立ち位置なのか。
見目麗しいこの男がその立場になるのか、それともこんな乳首まで開発され、翻弄されている自分なのか。
恐らく後者。
(でも、な…)
カマトトぶって生娘の様な事を言う訳ではないが、セックスと言うものはそこに不確かな、でも確かに存在する感情があってのものだと思っているのも、また事実。
ここまでしといて何を今更、と鼻で笑われても、きっと十時の中に根付いている貞操観念はそこを境目に一歩を踏み出せないだろう。
楓の気持ちも曖昧、目的が不透明。
それはまた十時も。
お互い様、なんて聞こえはいいかもしれないが、存在しない何かを考えると泣きたくなるような感情に襲われる。
恋人、なんて呼び名だけ。
河野の様にはっきりと『ゲイだからこの学校に来た』と言える強さは正直凄いと思える。
小動物みたいな愛らしさだけではない、芯の通った強さは、羨ましいと通り越して憧れを抱かせるも、では自分はどう思ってどうしたいのか、と問われたならば何も答えが無いと言うのが正解だ。
だが、
「ん…」
180センチ越えの身長を屈めて、すりっと胸元に頬を寄せながら眠っている楓を見るこの時間は嫌いじゃないと言える。
栗色の髪や長い睫毛を見下ろすのも。
(……綺麗な顔)
それに洩れなく快楽がセットで付いてくるのだから、今は今でいいかもしれない。
後々の事はきっとその時の自分が何とかしてくれるだろう。
ようやっと、瞼が震え出し視界が狭まっていく。
指に絡むさらりとした髪に心地良さを感じながら――。
*****
どっかのアニメで燃え尽きた主人公が文字通り灰色になっている、なんてシーンをテレビで見た事があった。
まさか、それを現実でお目にかかる事が出来るとは。
「……おい、内山田…河野、大丈夫か…?」
右隣の席の佐藤から頂いたご心配のお声。
「さてなぁ…」
共に左隣に視線を送れば、今にも魂を飛ばそうとせんばかりの河野が机に突っ伏していた。
「テスト終わって気が抜けたんだろうな…」
「あー…なるほどな…でも、あんなやつれた河野でも可愛いな、おい」
そんな声はスルーし、十時はふぅっと溜息を吐いた。
河野はともかく、十時自身は流石に今回も赤点は免れただろう。
これで夏休みがやってくる。
地元に帰り、久々に中学時代の友人にも会えるだろうか。小さいが夏祭りもある。
河野達と共に遊びに行くのもほぼ決定。
そして、
(確か…バイトが7月の終わりからお盆まで…)
自宅の最寄り駅から三駅先にあるらしい楓の家の洋菓子屋。
河野や前原には内緒にしている訳ではないが、伝えてもいない。
その理由はただ一つ。
どうも最近の河野は志木以上に楓の事を敵視している様に見えるからだ。元々の波長もあったのかもしれないが、威嚇する猫みたく、楓相手にピリピリとしているのが容易に見て取れる。
バイトに行く、なんて言ったら何と言われるか。
正直面倒臭い、それが先に立つ。
(そういや…)
斉藤もあれきり会っていない。
存外目立つ男ではあったが、寮内ですら見掛けず警戒も無駄骨と言うもの。
テスト期間と言う、動きようの無い期間だと言うのもあっただろうが、平和にこしたことは無い。
そうこのまま何事も無ければ良いのだ。
「なぁなぁ、そう言えばさぁ」
「ん?」
河野は放置を決め込む十時は佐藤の声に耳を傾けた。
「うちの学校って夏休み終わって一週間後には体育祭じゃん。だから夏休み前に色々とエントリーする競技とか決めるんだと」
「へぇー体育祭かぁ…」
「でさぁ、うちって男子校じゃん。名物競技があるって知ってるか?」
「名物競技?」
知らんなぁ、と呟けば、にんまりと持ち上がる佐藤の口角。
「多分河野が適材だって言われると思うんだよなぁ」
「河野が?」
自分の脚で歩くのも億劫だと愚痴る、この男が体育祭にて適材とは?
組体操の一番上?
ぱちぱちっと瞬きしつつ、もう一度右隣をちらりと見遣れば、まだ机に突っ伏し、それ幸いにと疲れを癒すかの如く、そのまま居眠りを始めた河野の姿に苦笑いしか出ない。
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