サブリミナル効果

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だが、そんな楓の様子等気にもしない志木は河野に向き直るともじもじとその身体をくねらせ、嬉しそうに破顔させた。 「で、でも、和沙の方が可愛いだろうなぁっ、どんなコスチュームになるか楽しみだぜ」 どうやら河野が出場する事が彼の中でも決定されているらしい。 しかも何を想像しているのか、ほんのりと赤い頬で悦に入った表情で口元は緩みっぱなしだ。 そんな志木に汚物を見る様な眼を向け、嫌悪感を露わにするだろうと思われた河野は、反発するどころか、ふふんと自信あり気に微笑むと、 「当たり前でしょ。僕は何でも似合うしね」 隣の男とは比べ物にもならない程の薄い胸を張る。確かに河野は愛らしく小柄。 女性の様な丸みは無いものの、華奢な身体付きで女性物の服を身に纏えば観衆と言う名の飢えた野郎共から歓声が上がる事は間違い無いだろう。 それに関しては十時も同意するが、 「何だよ、十時」 「いやー…先輩はどんな衣装だったのかなー、なんて…」 意味あり気な視線に気付いた楓にへらりとそう笑ってみせれば、はぁ…と半ば諦めた様にこれ見よがしな溜め息を吐かれた。 「気になるのかよ」 「まぁ…、ほら、楓先輩は河野とは系統違うし」 小柄で生意気そうな愛らしいのが特徴が河野ならば、整った顔立ちと中性的な美しさを持つ楓。 だが、長身と肩幅、胸の厚み等、どう見ても男にしか見えない彼の女装とは、と気になるのは確か。 (ちょっと、見てみたいなぁーって思っただけっつーか…) 「ふぅん…」 「………」 ーーー興味が無い訳が無いじゃん。 (い、一応、付き合ってるし?去年の事とか、知ってる事っつったら斉藤さん絡みの話くらいのもんで…) よくよく考えてみれば、本当に楓の事等知らないーー。 志木と幼馴染、空手をやっていた。 実家は洋菓子屋、ケーキが作れる。 キスは上手くて、気持ち良くしてくれる。 (あとは、…悪い人じゃない、って事くらい…) そう、そうれだけ。 彼の事なんてその程度にも関わらず、実家にバイトに行くなんて、その間にある筈の過程をかなり飛び抜かしていると思え、何となくそれが酷く、じりじりと胸焼けに似た感覚にさせるのだ。 「…見たいの?」 「いや、見たい訳じゃないけど、」 「んだよ、はっきりしねーなぁ」 「いっ、た」 もしゃりとサラダを齧っていた楓からの鼻を摘まれると言う攻撃に眉根を寄せた十時だが、それを見ていた河野の頬もむぅぅぅぅっと膨らむ。 ぷくっとした和沙も可愛い、とかどっかから聞こえるが本人は至って安定の無視だ。 それどころか、楓を指差し、 「十時っ!言っとくけど、こんなのより僕のが絶対に可愛いからねっ!」 と、でかでかと宣言。 一体何処で張り合おうとしているのだろうか。 ついでに十時の隣りを睨め付けるが、それ等を軽く遇らうかの如く、ふっと挑発的な笑みを浮かべた楓が眼鏡を押し上げる。 「可愛いのは確かだろうなぁ。見た目清楚系のアホっぽい、ビッチ女って感じに見えていいじゃんか」 「はぁ!?誰がビッチだよっ、そっちこそ色ものキャバクラみたいな出来だったんじゃないのっ」 「まぁ、高級クラブ的な出来だったのは認めてやんよ」 ーーーー高級クラブ? 前原と共に見合い、志木の方へと視線を向けた十時達に男は力強く頷く。 「楓の女装ってスリットの深いチャイナ服だったからな。本物を知らない野郎共は高級クラブだ!って騒いでたんだよ」 楓を見た奴らは、すげー興奮してたな。 再び十時と前原の眼が楓へと。 ーーーーなるほど。 ぎゃいぎゃいと突っかかる河野を生姜焼きを食べながら、しれっと遇らうその姿。 安酒を好み、女の子からも評判の悪いクレーマー相手を、嘲笑い片手で処理するやり手のママ、と言った所かもしれない。 あぁ、やっぱりでも、 (ちょっと見てみたかったかも、なぁ…) ふっと苦笑いする十時は小さく肩を竦めた。 けれど、この調子では今年は見れそうにもないようだ。 残念、なんて言ったらきっと余計な一言になるのだろうーー。 ***** 十時達のクラスでの出場競技が決まったのは、その二日後。 「で、十時は何に出場するんだよ」 「1000メートル走、全校リレー、借り物競争となりました、つか、これ、うまっ」 スフレ型のチーズケーキが口内で溶ける。 楓からいつもの様に、あーんと差し出されたそれは、ふわふわと口溶けのいい食感で幾らでも食べれそうな位に軽い。 チーズの香りもふわりと香り、仄かな味わいだと思っていたが、気付けば匂いは部屋中に広がり、多幸感が押し寄せてくる。
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