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空気も食感もふわふわを楽しみながら、楓からチーズケーキを食べさせて貰う十時もすっかりこの『あーん』に慣れた物で、口を開ける姿はまるで雛鳥だ。
「まぁ、お前の運動神経なら全校リレーくらいなら当たり前だと思ってたけど、借り物競争ねぇ」
「え、何かあんの?」
意味あり気なその笑みに、もぐもぐと口を動かす十時は首を傾げる。
「いや、毎年結構無茶振りな借り物要求してくるからさぁ。去年は20kの米だとか、シャネルのリップだとか、あって」
米は食堂に行けばなんとかなるとしても、シャネルのリップとは如何に。
「コスメ系とか…難しそうっすね…」
「女性物の下着、とかもあったな。ブラとか」
そんな物を引いてしまっても誰に求めて行けばいいのか分からない。客室乗務員の如く声を掛けてもきっと手を挙げる強者は居ないだろう。
「あとは定番のー、好きな人とか」
ーーー恋人、とか。
「……あー…」
何だ、この気恥ずかしさは。
残ったスフレのチーズケーキをタッパに詰め、いそいそと冷蔵庫に入れる十時をニヤニヤと見詰める楓が身を乗り出す。
「ねぇ、十時は『それ』引いた場合、ちゃんと僕を引っ張り出してくれんの?」
「 ……そうっすね、」
十時の反応を楽しむかのような意地の悪い問い掛けだと思うが、実際そうなった場合はどうするか。
(そこら辺でぼーっとしているクラスメイトでも担いで行けばいいかもしれな、)
「ちなみに誰かそこら辺の適当な奴とお手手繋いで白いテープなんて切るなんて事したら、僕何するか分かんねーなぁ」
「ーーひ、ふ、」
ソファに戻った十時の膝にのし掛かり、そんな事を目が潰れんばかりの笑顔で言ってのける楓に、喉奥から洩れる不可解な音。
眼鏡から覗く上目遣いの眼が心臓に悪い上に甘える猫の様な体勢にぐぐぐっと十時の眉間に皺が寄る。
「…楓先輩、すごいね…」
色んな意味で。
「僕ってばやきもち焼きだからさぁー。いくらお試し期間でも気を付けろよ、十時」
「…了解です」
ふふふ、なんて余裕ぶった笑みは見せれないが肯定の答えを素直に述べれば、楓の形の良い唇がうっすらと均等に弧を描いた。
(出来るなら、そう言うのは引きたくないぜ…)
「先輩は、何に出場すんの…?」
取り敢えずこの話題から抜けたい十時がそう問えば、
「僕は普通の障害物リレーと、あとどっかの筋肉バカが勝手に騎馬戦とかに入れやがって」
「あぁ」
筋肉バカが誰なのか、等聞かなくても分かる十時はそろりと頷いた。
「名物の障害物には、ならなかったんっすね…」
「あぁ、そっちは…なんつーか任せたって言うか」
「へぇ…」
もしかして、やりたくない、こっちを見るなオーラを存分に発揮し、他のクラスメイトに圧をかけたのでは。
そんな推測を立てた十時は口を継ぐんだ。
藪蛇なんて、余計な事は避けるべきだ。突いて蛇を刺激し、出て来た所で上手い対応なんて所詮出来ないのだから。
だったら、
「楓先輩、」
「んー?」
チーズケーキを食べて、目の前に楓が居る。
これだけで入ってしまうスイッチに自分でも頭を抱える勢いだが、十時だって男。据え膳は出来るだけ頂きたい。
「もう、寝よう、かな」
「何だよ、もう眠いのかよ」
「…そーっすね、て、言うか、」
此方を見上げる楓から眼鏡を取り上げる。
「…お泊り、っすよね」
相変わらず、ふっくらツヤツヤな唇は気持ちが良い。
夜な夜な手入れでもしているのかと思ったが、天然物だと笑われた時に矢張り万能の創造主の神も、贔屓する事もあるのだと改めて痛感したものだ。
「勿論」
シャツの裾から入ってくる、長くて細い、節ばった指先が胸元の突起を捉える。
ぴんと固く張ったそこは触って貰えるのを期待しているかの様に思え、十時自身羞恥の極みだが、ぐりっと押されると気持ち良さに柔らかい楓の髪を指に絡めた。
「えっちぃー」
そんな言葉に絡めた髪を少しだけ引っ張った十時に再び深いキスが落とされる。
(でも、なんか、まじで…)
最後までしていないだけ、なんてもうただの自己保身。
チーズケーキを食べると、楓が欲しくなる。
条件反射の様に思っていたが、身体が疼く時点でこれはもう洗脳に近い気がする。
潜在意識に植え付けられてしまった、そんな感覚。
(何だっけ、えーっとサブリミナル効果?確か…、視覚と…聴覚、触覚…)
三つだと言われているサブリミナル。
でも、もしかしたら味覚や触感もあるのでは?
だって、そこにあるのはチーズケーキ、だから。
これはもしかしたら、とんだ大発見になるかもしれない―――、なんて。
けれど、そのうち楓を見ただけでもこうなってしまったら、と思うとそれはただの恐怖でしかない事も、本当は知っている。
(終わったら、全部無くなってくれるのかね…)
「気持ちいい?」
「…う、ん」
ただ、この嬉しそうに笑う楓の顔は無くしたくないとも思える自分を激しく罵倒したくなるのだった。
――――結局顔かよ、と。
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