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一か月以上ある夏休みの中で二日程度しか十時と会えないのは若干の寂しさを覚えるも、外泊もいいと言ってくれていたのを思い出し、予定日まで頑張れそうな気持ちになれた。
前原から宿題は前もって終わらせておけよ、と小言を言われたがこちらに関してはどうとでもなるだろう。
それより、一つ不安な事と言えば、
(まじでアイツ等来ないよね…)
人より大きめの眼を細め、懸念する『あの上級生二人組』。
意外としつこく、人の話を聞かない筋肉馬鹿と癪ではあるが顔面偏差値高め、すらりとした肢体と長身が苛立たせるあの眼鏡。
特に、
(滝村楓…めちゃくちゃ苦手ぇ…)
あの人を小馬鹿にした風の笑い方や見下す眼。
他人に対して何の感情も持っていない様な物言いも。
あんな風に感情が分かり辛い人間が河野の周りに居なかっただけに、慣れていないのかもしれないが、それでも空っぽのガラス玉の眼は好きではない。
――しかも、美形で僕と被ってるし。
ある意味心臓が強い河野はそう独り言ちる。
けれど、
(一番嫌なのは…)
無茶振りしても、我儘言っても、ゲイだと告白しても批判もしない、嫌悪も表さない、そんな折角出来た信頼出来そうな友人を、高笑いしながら掻っ攫って行ってしまいそうなところだ、とか、
(達樹にも言えないや…)
隣で他のクラスメイトと談笑して声を出しながら笑う十時に気付かれない様、こっそりとその横顔を見詰めた。
見た目はお世辞にも良いとは言えない。
三白眼の上に目付きは悪い、不細工ではないが、華は無い。どのパーツも大量生産品。
でも、強い。
腕っぷしもだが、それ以上に優しさが強い。
そんな言い方があっているかは分からない河野だが、彼の優しさには安定感があると言うか、包容力とでも言うのか。
(僕一人飛び込んだところで、よろけない、そんな感じだよねぇ)
耐久性の問題らしい。
そこまで考えて、もう一度十時を横目に眺めれば、どっかの物置の如く丈夫さを求められているとも知ら無い彼は、あはははっと大口を開けて笑っている。
何故か、むぅっと眉根を寄せた。
――――人の気も知らないで、なんて言えないけれど。
*****
そうして、やって来た夏休みーーーー。
実家に戻ってきたはいいが、十時の両親は共働き。
「朝ごはんはパン用意してるから、昼は適当に食べなさい」
最近パートとして雇われていたスーパーの正社員になったらしい母は、そう言って中学時代に十時が使用していた自転車を当時の彼以上に乗りこなし、出て行った。
ぼりぼりとシャツの裾から入れた手で腹を掻きながら、適当にパンを焼く十時に洗濯と風呂掃除を託して。
(まぁ…こんなもんだよな…)
高校生の夏休みなんて特別大した事は無い。
課題をやりながら、中学時代の友人と電話をしてみたり、その流れで会ってみたり。
その中で彼女が欲しいよなぁー、とかの話題も当たり前の様に出てくるが、残念ながら十時の友人達の中からはそんな猛者が出てくる事も無く、モテない男あるあるの『まだ野郎同士でつるんでるのが面白いもんなっ』と言う、涙を誘う結論に至った訳で。
ちなみに、
「十時は、あー、そっかお前んとこ男子校だったな」
なんて同情もされたものの、曖昧に苦笑いで躱した十時の目が泳いでいた事に気付く者が居なかったのは幸いだ。
その帰路の途中、空気に残る重い暑さにうんざりとしてた頃。
震えたスマホの画面の名前にドキっと心臓が鳴ると同時にそこをタップした十時は道路の真ん中で足を止め、それを見見詰める。
【さみしーんじゃねーの?チーズケーキ食いたくね?】
差出人は夏休みに入る前に連絡先は交換済みの、楓。
【食べたいです】
送信するとすぐに既読が付くそれに、夏の暑さとは違う熱がぐぅっと競り上がってくる。
【相変わらず笑える。こっちに来たら毎日食わせてやるよ】
寮を出る日に楓からタッパーに詰められたレアチーズケーキを貰っていた十時だが、それも二日程しか保たなかった。すぐに食べてしまい、空になったタッパーを前に後悔の文字が浮かんだのは言うまでも無い。
何に、後悔したか、なんて愚問だ。
「食べてー…」
あと数日したら楓の店で始まるバイト。
それまで我慢できるだろうか。
本当ならば、近くの洋菓子店でチーズケーキを購入する事も出来るのだ。現に母親から『買って来ておこうか?』とお伺いまであった。
けれど、それに首を振ったのは十時自身。
だって、『後悔』してしまったからだ。
楓の居ない場所でチーズケーキを食して、
ーーーーー会いたい、キスしたい、
と。
(欲求不満になるとか、…マジありえねー…)
しかも、そんな事で泣きそうになった、なんて絶対に言えないと思う十時は恨めし気にスマホを見詰め、小さく舌打ちをした。
暑さで馬鹿になったのだと思いたい、切実にそう願いながら。
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