3228人が本棚に入れています
本棚に追加
/175ページ
(やばい、手が震えそう…)
緊張がマックスまでぶち上げて、汚ねぇ花火だ、だとかどっかの宇宙人に言われそうだ。
けれど、ケーキは食べたい。
明らかに隣からじっと見られているのは感じ取れるものの、十時は何とか皿に盛られたチーズケーキにフォークを刺し入れると口へと放った。
ーーほわり、と眼が開く。
「旨い?」
「うんまぁ…」
しっとりとした見た目通りの口溶け。鼻に抜ける濃厚な香り。そしてビスケット部分には十時好みのキャラメルフレーバー。
「やっぱ先輩のチーズケーキ好きだぁ…」
一度食べ始めたらパクパクとその手は止まらない。
意地汚いのは重々承知だが、数日間食べていなかった楓のチーズケーキ。
何度食べても、何処でも食べても旨いと純粋に心から述べられる。
「うまー…」
あっと言う間に皿の上のチーズケーキを完食した十時に差し出されたカップは楓から。
「飲むか?」
フルーティーな香りと共に湯気が立つそれを受け取り、口付けるとさっぱりとした風味と温かみに思わず、ほっと息を吐いた。
「これも旨いっすね」
「適当に淹れてみたけど、やってみるもんだな」
チーズケーキと合うと言うのは本当かもしれない。
フルーティーだが、後味の渋みも少なくチーズの味を邪魔しないのが心地良さすら覚える。
「もう、一切れ、いいですか?」
「いいよ、全部お前のだし」
なんて魅力的な言葉。
しかもあっさりと顔色ひとつ変えずに言い切りながらカップを持つ楓はまるで本当に映画の主人公の様で、口元を引き攣らせる十時はまたぎくしゃくとした動きでショートに切られたチーズケーキを皿に乗せた。
「なぁ、十時」
「、あ、ふあい」
もぐもぐとチーズケーキだけに集中しようとしていた十時の返事がワンテンポ遅れるが、気にする事も無いらしい楓はそのまま続ける。
「今日泊まるだろ?」
「…え」
何を言っているのだろう。
着替え等持ってきては居ないし、親にだってそんな事伝えては居ない。
その上、楓の母すらそんな事聞いてはいないだろう。
それらを考慮した上で、
「や…無理っしょ」
そう呟けば、
「え?泊まんねーの?」
また何で?と純粋な疑問を持たれ、え、こっちが可笑しいの?と言う気にまでさせられる。
「だって、ほら、着替えも、無いし…」
「僕の貸すけど。替えの下着とか着替えくらいいいじゃん」
「いや、家族にも言ってないし」
「今連絡すればいいだけだろーが」
「…こちらにご迷惑が…」
「朝さんなら全然大丈夫だな。どうせあの人、今日は店が終わったら飲み入ってるとか言ってたし」
ーーーーそれは、つまり。
今日の夜は二人っきり、と言う事なのか。
カシャン
と、十時の手から滑り落ちたフォーク。
彼の動揺が痛い程よく分かると言うもので、それを見た楓がふふっと眼を細める。
ーーいや、駄目だろ、流石に。
いくらチーズケーキに釣られたからと言って、ほいほいと付き合っている相手の部屋に来るチョロい男だとしてもだ、流石に、これは。
(むーりぃー…)
落ちたフォークを拾い上げ、用意周到に予備を持ってきていた楓からそれを渡された十時はふるりと首を振る。
「いやー…やっぱ無理、かなーって…」
「寮でも普通に僕お前の部屋に泊まってたよなぁ?何が違う訳?」
「そ、そりゃ、そうかもしれないですけど…っ」
でも、状況が違う気がすると思うのは自分だけなのだろうか。
此処は楓の部屋。
寮は確かに一人部屋の個室だったが全校生徒が居た寮だ。
なのに、この部屋は深夜まで二人っきりになってしまう。
しかも、
「…って言うか、十時さぁー」
勃ってんじゃん。
ーーー…ひっ
「…っ!な、何でそんなハッキリ言うんだよぉ!!」
本当にこの男は!!
繊細な顔の造りをしている癖に、こう言う所は大雑把過ぎる。神の唯一の失敗部分では無かろうか。
敬語も忘れ前屈みに身を倒した十時がじろりと楓を睨むもいつもの鋭いその三白眼は涙目。
迫力もほぼ皆無の真っ赤な顔に益々笑う楓にぎぃーっと唇を噛む。
保身の為に言わせて頂きたい。
一日中おっ勃てていた訳では無い。当たり前だが、その誤解だけはしないで欲しい。
誰に弁解しているのか、十時自身不明だが取り敢えずこの眼鏡の男だけには理解して貰いたい。
(だって…この人が…意味あり気に言うから!!)
しなくてもいい想像と妙な好奇心が普段顔を合わせる事すら無いと言うのに、こんな時に限って瞬時に手を取り合いスキップしながらやってくるから。
(朝だって、この人の所為で…っ)
身を縮め、うぅー…っと小さく唸る十時だが、
「十時ぃ、手出して」
「へ…?」
半ば強引にその手を掴まれ、はっと顔を上げた。
導かれた先は楓の下半身。
「………は?」
もっと言ってしまえば、股間部分。
しかも、十分な硬さを備えたそれに、ぎぎぎぎっとその持ち主の顔とそこを何度か視線で往復する。
「あのさーお前だけじゃねーんだけど」
「え、は?」
「僕も朝のキスから燻ってんの、分かる?」
ほら、見ろ。
火が着くどころか、引火して爆発パターンまでが容易に見えてしまいそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!