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「…ぁ、」
ぱちんと弾ける様な快感と下半身から広がる湿った感覚。
じわりと下着に染みるそれは紛れも無く絶頂の証と言うもので、一瞬気持ち良さと心地良さに流され眼を細めた十時だったが、次いでやってきた不快感とそれに伴う現実に力強く眼を見開いた。
「な、にする…んす、かっ!」
イってしまった。
しかもただ少しぎゅっと押されただけで。
意識しなくともぼろぼろと零れ始めた涙は、羞恥6割、情けなさ2割、残りは驚愕、といったところかもしれない。
「俺、服着たまま、しかも、人ん家だしぃ…っ!」
手の甲で流れ落ちる涙を拭くも、しっかりとまだ握った侭の自分の眼鏡に、楓は気付かれぬ様、口元を隠しながらもにやっと三日月を描く。
「風呂入ればいいし、着替え貸すっつってんじゃん。なんならあげるよ」
「そう、言う問題じゃ、なくてっ…常識問題だよっ!」
「はいはい、気持ち良かったなぁ」
とうとうしゃくりを上げ始めた十時から眼鏡を取り上げ、ぽいっと投げた楓は幼子をあやすかの様にその頭を抱きしめる。
黒く固そうなそれが意外と柔らかく、触り心地が良いと知っているのは彼の家族以外は自分だけじゃないだろうか。
そんな小さな自負を持ったまま、額、瞼、こめかみと下に落ちるように唇を当てていくも、
「…眼鏡、高かったんじゃないんすか……?」
地を這う声音とぎろりと射抜いてくる十時の双眸。
「……僕そんな事言ったっけぇ?」
「その年で痴呆とか…笑えないっすよ…」
流石は楓と言うべきか。
180センチ以上ある身長をくねらせ、うふっと首を傾げると、誤魔化す様に十時の唇にキスを落とす。
ぐっと押し付けるだけのものだが、それでも険しい色をしていた筈の十時の眼がとろりと揺らいでしまい、自由になった両手をそろりと楓の首へと回した。
(あ…、ぬくい…)
ようやっと、縋れた安心感にまた涙が出てきそうだ。与えられるだけの感覚でなく、求めて近くなった匂いと熱にずくりと腰が疼く。
触れる手も優しく、背中をゆっくり擦ってくれ、
「十時、腰浮かせて。脱がせにくい」
「………いや、待って、マジで」
いや、安心感とか脱兎で非常口から逃げ出していきそうな、この虚無感。
しかも無意識に肩を竦めてしまった故、十時の腰がほんの僅かに浮いてしまい、それを見逃す筈も無い楓の動きは素早い。
どんだけ器用なのだろう。
それなりに空手も出来て強くて、チーズケーキも作れて、『こういった』事にも長けているとか。
出来る男は相手に気付かれない内に女性の下着を外したり、ゴムを装着したりすると聞いた事はあったが都市伝説の類だと思っていた。
あながち間違いでは無かったと身を持って知った十時だが、また口付けられ、せめてもの抵抗にと咄嗟に唇を結ぶ。
そんな十時をどう思ったのかは定かでは無いが、未だ楽しそうに微笑む楓の至近距離の顔面から放たれる圧は強い。
「大丈夫だって、最後までしないだろーが」
「そ、そうかも、しれないけど、」
けれどもだ。
普通に考えてこんな始めて来たバイト先の先輩の家でなんて、どう考えてもは最初のハードルが高すぎる。
最後まで致さないにしても、心臓が持たない。
鼓動が早過ぎて、上半身程度なら吹っ飛びそうな感覚に恐怖すら覚え、指先が震える。
なのに、
「十時、キスして」
強請られた行為を当たり前にしてしまう、とか。
眼の端に映る真っ白のチーズケーキ。
食べたい、と思える。それに嘘は無い。
でも、
『お前の食べたい、はさ。会いたいって意味なんだよ』
(…会いたい、)
楓の声が脳内をぐるりぐるりと駆け回る。
邪魔で仕方ないのに、何処か『そうなの?』と納得出来てしまった、と思うのは何故だろうか。
腕を引っ張られ、楓の上に乗せられれば、当たり前に吸われる胸元。
(やばい…泊まる予定とか、マジ無いのに…)
だが、ベッド下に放られた服をもう一度着る勇気が無いのも事実。
Tシャツはいいとしても、問題は主に下半身部分だ。洗濯させて貰えるだろうか。乾燥機とかあったら有難い。
「何考えてんだよ、十時」
「いっ…!な、あんた噛んだ…っ」
いきなり走った痛みは首筋から。
非難の籠った眼を向けるも、噛んだ本人はシラっとした表情で十時の濡れそぼったそこを指で撫でる。
「僕に集中しろよ」
「ふっ、ぅ…っま、じ、もぅっ…」
まだ首筋が痛むと言うのに、指の腹で下から上に撫でるその動きに再び湧き上がる射精感。
(こんなに…活発な空気読めないヒロイン系だったっけ…俺の…)
ごくりと自分の喉が鳴るのが分かる。
乾いた、そこに染みていくーーー。
「せ、んぱい、の、も」
「うん?」
「一緒に、しねーの…?」
「十時、チーズケーキより、こっちしたい?」
「し、たい…」
ーーー本当、破廉恥豚野郎の名を継承だよ、これ。
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