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人はそれを我儘と言う
はっきり言って、彼はチーズが嫌いである。
母が和食派と言うのもあり、家庭で出されなかったと言うのもあるが、チーズ等小学校に上がり、給食に出てくるまで知らなかった存在。
キラキラの銀色の折り紙の様な紙に包まれたなチーズ。
子供ながらに特別感と言うか、高級感を感じつつ、お世辞にも宜しいとは言えない目付きの三白眼を輝かせた。しかし、中から出て来た白くて柔らかそうな見た目とは違い、少し癖のある匂いに一瞬不穏を感じたモノの、恐る恐る期待しながら口に含んだ。
何故なら彼の周りは皆、美味しそうにそれを食べてニコニコとしていたから。
だが、現実はどうだろう。
歯で噛み切った瞬間、違和感を感じていた匂いが鼻孔に入り、口内いっぱいに言い難い味が広がった。
結果、小学生の一番楽しいであろう給食時間が、彼のリバースと言う形で地獄絵図と化したとしたのは言うまでも無く、それからチーズは鬼門、トラウマ。根強い闇となり、人間の食べるモノでは無いと結論付けたのである。
そうしてそのままチーズなんて食さずともスクスクと成長し、中学生になった頃、保育園の頃から近所の小学生に誘われて、流れで習っていた空手の大会があった。
散々センスが無いだとか、何か惜しいだとか言われ一度も勝利した事の無い彼が、試合前から家族含め、仲間内からも『お疲れ様』なんて諦めモード全開になる程、格上の相手に何と見事に勝利。
初の一回戦突破、残念ながら二回戦は結局負けてしまったのだが、それでも一度も試合に勝利した事の無かった彼は照れ臭いのもあり、表立って喜んだりはしなかったが、ヘッドギアを装着のまま家路に着こうとする位は浮かれていた。
家に帰り、お祝いだと母親が勝って帰った数種類あるケーキの中から何故かチーズケーキを凝視し、手に取って、しまった位。
そして、
(何…これ、めっちゃ…美味い)
あんなに大嫌いだったチーズで出来たケーキ。
けれど、こんなに美味しいとは。
柔らかいふわりとした食感に、鼻に抜けて行く香ばしさも感じる甘い香り、あっさりとした甘すぎない風味が彼にとってまさに雷に打たれた様な衝撃だった。
(これ…好きだぁ…)
きゅうーんと心臓が締め付けられるような感覚、まるで初恋の人と出会ったような、なんて、口元に食べかすを付ける13歳の彼は文字通り骨抜きとなったのだった。
チーズなんて食さずとも、チーズケーキ大好き芸人の如くなった彼、内山田十時(うちやまだととき)は空手はとっくに辞めてしまったが、目付きも少々鋭くなるのと比例するように身長もぐんと伸び、幼さも多少残るものの、男らしい体付きの高校生へと。
担任に勧められるがまま、全寮制の男子校なんてクソかな、なんて思ったりもしたが、今更。切り替えの早い本人は至って気に等する事も無く、元気に登校し、友人もそれなりに、楽しい三年間の学生生活を、――――
送る筈だった。
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