言うべきだった言葉

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 ***  見た目通りというべきか、秋穂はあまり体が丈夫ではないらしい。二年生から進級する時、長期に渡って入院して学校を休んでしまったことで一度留年してしまったというのだ。それでも三年生になってからは体調を崩すことも少なくなり、四年の今は残った単位を消化するばかりとなっているという。  彼女は本、特にオカルトの本が好きだと言った。そんな彼女とのデートは専ら大学の図書室かキャンパス内のベンチで、色気もへったくれもなかったが僕は充分満足していた。なんといっても、こんな綺麗な女性と一緒に歩けているのである。僕のようなぼっちには、勿体無い幸福ではないか。まあ、デートだと思っているのは僕の方だけで、向こうはただの知り合いとか友達程度の認識なのかもしれないが。 「本を読んでいると、落ち着く。怖いものや恐ろしいもの、そういう現実を忘れられるから」 「ああ、それ、分かるなあ」  大学のベンチで隣に座りながら、お互いにお気に入りの本を広げてちょっとした雑談をするだけの関係。人と関わりあうのは煩わしいと思っていたのに、秋穂と一緒にいる時間だけは全くそうではなかった。煩わしいのは、好きでもない相手の顔色を伺わなければいけないからだ。彼女は、僕が初めて自分から望んで“一緒にいたい”と思った人だった。綺麗なこともあるがそれだけではなく、彼女の無駄に干渉してこない性格が心地よかったというのもある。  会話が続かないと苦しい、と思ったのは初日だけだ。  黙って静かに本を読む、そういう関係も悪くはない。ちょうど良い距離感を保ち、相手がそれを許容してくれるならこんな気楽なことはない。秋穂と出会って、僕は初めてそれを知ったのである。 「現実は、苦しいことがいっぱいあるけど。物語の世界に入っている時は、そんな苦しい現実に晒されている自分とは別のモノになれるから。現実逃避って言われるかもしれないけど……本がなかったら僕、生きてられなかったかもしれないなーって思う時あるし」  だからだろうか。ついつい、重たい話をしてしまった。愚痴を言う男は小さく見える、なんて話も聞いたことがある。ドン引かれただろうか、と思って見れば、彼女は相変わらず静かな瞳でこちらを見つめてきている。 「何か、辛いことがあったの?」 「ああ、うん……」 「話して。嫌じゃないなら」 「……秋穂は、優しいなあ」  最初に名前を聞いた時、彼女には“呼び捨てでいい”と言質を貰っている。年上の綺麗な女性の名前をこんな形で口にするのは、何度繰り返してもこそばゆくなるものだけれど。 「高校三年生の時、虐められてたんだよ僕。みんな受験でピリピリしてたから、ストレスの捌け口が欲しかったんだろうけどさ」  進学高だった。けして荒れていた校風、ではなかったはずである。むしろ、担任も虐めが起きていた現状に気づいていなかったかもしれない。それほどまでに、彼らのやり方は陰湿で、悪質であったのだ。
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