言うべきだった言葉

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 *** 「七不思議って、知ってる?」  ある日のことだ。いつものようにベンチで読書デートをしていた時、唐突に彼女が声をかけてきたのである。 「貴方も、ホラーの小説とか好きだったと思うんだけど」 「え?まあ……うん知ってるけど。七不思議っていうと、小学校とかにあるやつだよな?トイレの花子さん、とか」 「大体あってる。でも、実は大学でも七不思議があることがあるの。この大学にも、そういう怖い話があることは知ってた?」 「いや……」  そうなんだ、と僕は目を丸くした。てっきりそのテの類の話は、高校までにしか存在しないものとばかり思っていたからだ。大学は広いし、高校までとは授業の形態も違う。だから怪談の類も広まりにくいのかと感じていたが、そういうわけではないのだろうか。 「例えば、パソコン室。あそこのパソコン室の、あるパソコンを使うと……特別なWEBサイトに入ることできることがあるって。夕方の、六時くらい。逢魔が時と呼ばれる時間帯に、“しのべさま”という名前を検索するの。すると真っ黒な不思議なサイトに繋がって、そこにアクセスした人は異空間に取り込まれてしまうんだって」  そりゃ怖い。僕はぶるっと体を震わせた。とはいえ、その名前を検索しなければ怪異に遭遇しないなら、まだ安全な類ではあるだろう。  いろいろなホラー小説を読んできた僕は知っている。一番恐ろしいのは、避けようがなくランダムで出現し、かつ遭遇した時に対処できる対抗神話がない怪異であると。 「他にもいくつかあるけれど……その中で一番凶悪とされているのが、キャンパスにランダムで出現する霊。通称、“コイカクシ”さん」 「こいかくし?」 「そう。恋を隠すと書いて、恋隠し。その人は霊感がまったくない人間には見えないのだけれど……見える人間とは強く引き合う性質があるの。そして、“見えた”人と恋人関係になって、最後にキスをしたところで……その人を異界に攫ってしまうと言われている。だから、恋隠し。恋人を、隠してしまうから」 「へえ、ロマンチックだな。……でも好きになった人に攫われるなら、ちょっと本望かな」 「そう?」  ざわり、と。空気が変わったような気がした。彼女が、いつもとはまるで違う目で自分を見ている。黒くて深い綺麗な瞳で、じっと探るように。 「本当に、そう思う?」  強い風に、彼女の芸術品のような長い髪がなびくのが見えた。そういえば、いつの間にか僕達の周囲には誰もいない。まるで、僕達の周辺だけ空間が隔絶されてしまったかのように。
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