言うべきだった言葉

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「恋隠しは、とても孤独。……そもそもひとりの恋人を攫って満足できるなら、被害が何年も何十年も連続するこなんてないと思わない?恋隠しは、どれほど愛した相手でも攫ってしまった途端、その相手のことを忘れてしまう地縛霊なの」 「え」 「私から、貴方へ。本当は、一番最初に言わなければいけなかった言葉があるの」  そっと、彼女の手が僕の手を握る。どこかひんやりとした、透き通るように綺麗な指先。  まさか、と僕は思った。  まさか、彼女が。 「恋隠しは、貴方よ」  一瞬。  何を言われたのか、わからなかった。 「…………え?」  てっきり、僕は。彼女が“自分が恋隠しだ”と言い出すと思っていたのだ。肩透かしを食らったような気持ちで、ぽかんとしてしまう。僕が幽霊って、何でそんな結論になったのだろう。  何か誤解しているんじゃないのかな、と僕が笑顔を作ろうとした時だ。 「貴方、最近この大学から出た記憶はある?ものを食べた記憶は?私以外の人間と、こうして言葉を交わした記憶は?」 「え」 「名前を自ら明かして貰うことが、最初の除霊条件だった。私には少しだけど、そういう力があるからそうした。……私に名前を言った時、貴方は意識が遠くなって、それから数日分記憶が飛んだはず」 「そ、そんなことは」 「貴方のバックグラウンドも聞く必要があった。……この大学で、“大学二年生”という認識があるということは、貴方が言ったことはきっとすべて本当のこと。虐めを乗り越えて、この大学に合格して入学し、二年生まで生きたのは確かなはず。問題は、そのあと。……恐らく貴方は虐めてきた相手と再会してしまったんじゃないかと思うのだけど、どう?」 「な」  そんな馬鹿なこと、あるわけがない。  しっかりと彼女に手を握られた状態で、僕は混乱する頭をぶんぶんと振った。  大学から出た、記憶。そういえば、ここのところ僕の記憶は大学の中で終始しているような気がする。学校の前のコンビ二にも、駅にも行った気がしないのは何故だろう。大学の中に住んでいるわけでもなんでもないのに。  それから。  ああ、それから、何でおかしいと思わなかったのか。僕は彼女に、確かに告げた筈だ――自分の名前を。それなのに今、振っても叩いても僕自身の名前が出てこないなんて、それは一体どういうわけなのか。自分の名前がわからないなんて、そんな記憶喪失でもないはずだというのに。
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