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戸をエンジンカッターでぶった切るのは造作もないことだが、そうなると現状回復に業者を入れなければならない。そこで俺は人気のひけた深夜、仮眠室の戸をバールでこじ開けることにした。
かつて、超一流企業であった栄光の輝きなど微塵もなく、いまや風前の灯となった会社の、深閑としたオフィスの一画で、開かずの扉となりはてた仮眠室の前に立つ。Aは寝ているのだろう、物音一つしない。仮眠室の固く閉じられた戸の隙間にバールの先端を刺し入れ、無理やりこじ開ける。Aが抵抗する可能性は十分にあるが、バールで応戦するか説得するしかない。そんなことを考えながら、軋む戸口を変形させてゆく。
突然の侵入者にも、Aが抵抗する気配はない。それがかえって不気味でもあった。相手は狂っている。いきなり暗闇から飛び掛ってくるかもしれない。刃物を持っている可能性を考え、バールを構え慎重に変形した戸を開いてゆく。錆びた蝶番の抵抗が、不気味な悲鳴をあげる。
十分に開かれたドアから見えるのは、オフィスから差し込む光と俺の影だけだ。玄関には古ぼけたスリッパが転がっていた。袋小路の室内には、畳の表面を覆う埃が目についた。
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