第1話 社内エリートの奇妙な生態

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第1話 社内エリートの奇妙な生態

 冬は寒くて嫌だと言う人が多いけど、私はそうでもない。別にスキーが好きとか、クリスマスがあるとかそういう理由ではない。天気のいい冬の日に、窓から差し込む陽の光の感じが好きなだけだ。窓の外は寒風が吹いていると思うと、それだけで幸せな気分に浸れる。  そういう点では人事課(うち)のオフィスは今一(いまいち)だ。窓際の位置は労政課が占領し、人事課は廊下側の私が好きな場所から一番遠いところにある。  以前係長の斎藤さんに、なぜ労政課は窓際で人事課は廊下側か聞いたことがある。  そのときは、労政課は人の目に触れさせたくない情報が多くて、人事課は客が多いからと言われた。  でも私は知っている。人事課には言うほど客は来ないし、来てもすぐに会議室に案内される。一方労政課は、組合の役員が我が物顔でワークデスクの傍に来て話している。  何のことはない。単に労政課の方が、人事部(うち)の中で優遇されているだけの話だ。  癪に障るのは、私の気に入っている窓際が好きなわけではなく、そこが入り口から遠い上座にあたるから、そうなっていることだ。  だいたい、人事部の人間は、席の位置を気にしすぎる。飲みに行ってもすぐに上座がどちらか探す。料亭の個室ならともかく、居酒屋のテーブル席で必死に上座を決めている様子は、見ていて滑稽としか言いようがない。  時代錯誤と言えば、人事部には『筆頭担当』という言葉がある。  係長に一歩手前の最長年次の担当者をそう呼ぶ。筆頭担当になっても権限があるわけでもなければ、手当てがつくわけでもない。仕事がプロジェクトで進むこの時代に、入社年次を基本としたこの呼び名は、理解しかねる慣習だ。  入社して以来六年間、この時代遅れの閉鎖的な組織で働いている私、工藤絵里は実はこの職場に満足している。  理由は簡単だ。金がいいからだ。会社の収益にたいした貢献をしているわけではないのに、昇進は同期入社の誰よりも早く、昇給や賞与の評価もトップクラスだ。  私のように同期で一番早く昇進していく者を、当社(うち)の人事用語で一次選抜、略して一選と呼ぶ。  私と同期で労政課の榊慎吾は一選だ。ここまで一選で昇進した者は、全同期の七パーセントしかいない。全社で八三人の同期のうち、八人しかいない計算だ。その枠の中に人事部から二人も選ばれていることだけで、この職場の優遇度合いが分かる。  六年目と言えば、営業や技術者なら小さなプロジェクトのリーダーを任される年次だ。  そういう人たちを差し置いて、何もビジネスに貢献してないスタッフ部門が優遇されるのは、普通に考えれば理不尽な話だ。  榊はどう思っているか知らないが、私はこういう特別待遇が大好きだ。だから多少古臭い慣習が残っていても、ここから異動する気はさらさらない。
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