第13章 君の意識に融け込んで、君の一部になって。

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第13章 君の意識に融け込んで、君の一部になって。

潮さんの言葉の意味が全く理解できず頭に入ってこない。パニックが収まってちゃんと会話のやり取りができるようになるまでにしばらく時間がかかった。 「…潮さんの目に最近あいつの姿が薄くなってきてるように見える。ってのはわかりました」 朝いちでちょうどお客さんがいない時間帯でよかった。喋りながら何とか頭と感情を整理して少しでも落ち着こうと努める。 「でも、だからって。何もこのあと新が消えてなくなっちゃう、ってことには。ならないんじゃないですか?単に潮さんの方の。…見え方の問題かもしれないし」 霊感が落ちたんじゃないの、とははっきり口にしづらく言い淀む。でも。 そもそも彼女のはそこに霊がいるかいないか見てとれるくらいの霊能力でしかないわけだし。そんなに安定的に確実なこと判定できる力があるとも言えないんだから、気のせいとか。…何かの間違い、ってことも。 そう考えると言うほど酷いことでもないのかもしれない。それに、これは新だって聞いてる話なんだ。さっきから黙りこくってて反応は何も感じられないけど。 奴をこれ以上不安にさせてはいけない。気を取り直してしっかりと潮さんを見据えて問いただす。 「霊なんだから。その日の調子や具合で多少見え方が薄かったり濃かったりすることはあるでしょ。それとも潮さん、これまでに日々だんだん薄くなって消えちゃう霊って見たことあるんですか?最後まできちんと見届けたことあるの?」 「そりゃないよ。ないから、…まさかね、そんなことと思って。これまであんたには黙って経過観察してたんだけど」 我ながらやや冷静さを欠いてて失礼な口振りだったかもしれない。でも潮さんはむっとした様子もなく、落ち着いて感情を交えず答えてくれた。 「初めて葉波がそいつを憑けてきた日から、割と最近まで全然そんなことなかったんだよ。年明けて、しばらくしてからかな。あれ?ってふと気づいたんだ。なんていうか、全体が薄く見えるってだけじゃなくて…。葉波と彼との間の境界が、なんか曖昧に滲んでるみたいに見え始めて」 片手を軽く挙げてわたしの右側を指し示す。おそらく彼女の目にはそっち側に新がいるように見えてるんだろう。 「二人の関係が好転したからお互いの存在が馴染んでるのかな。それ自体は悪いことってわけじゃないし、ってその時はそれ以上深くは考えなかったけど。こないだ改めて観察してみたら、なんだか…。以前より更に薄く、消え入りそうで。半分くらいあんたの身体に重なってて、じわじわと吸収されてく過程みたいに見えるんだよね。このままだと」 「…どうなっちゃうんだろう?」 わたしはぺたん、と手近の椅子に腰を落として情けない声を出した。 ようやくただならない話なんじゃないか、って事実が飲み込めてきて身体が震える。新も聞いてるんだ、動揺しちゃ駄目。 これは大したことない何でもない話なんだよ。一時的な現象か、あるいは対処法を見つければ解決できる問題。 そう声に出して言ってあげたいけど。本当にそれが確かなことなのかはまだわからない…。 潮さんの目にその場にいる新はどんな様子に映ってるのか。ややそっちを気にする素振りを見せつつ遠慮がちに言葉を選ぶ。 「まあ、あたしも別に霊能者でもないし特にその手の深い知識もないから。これがどういう意味を持つ現象なのかは何とも言えないよ。でも、霊なんて不安定というか。生きてる人間に較べると儚い存在だからさ。このまま少しずつ影が薄くなっていって、ただ姿が見えなくなるだけならいいんだけど。霊としてのパワーが減っていって、いつかあんたの中に取り込まれて一体化していっちゃうとか、そういう先触れじゃないかなって。やな予感がしなくもなかったから」 「そんな」 わたしはショックで頭ががんがんし始めた。何故なら、その説に全然信憑性がない。思いつきの出まかせだって笑って済ませられなかったから。 さっき潮さんは、奴の姿が薄れ始めたのは確か年明けのあとしばらくしてからだって言ってた。それまでは最初の頃と変わらずはっきり濃く見えてたって。 その言葉がわたしの心をざわざわと嫌な感じで騒がせる。だって、それって。新が夢の中で実体化するやり方をマスターして、わたしたちが思いを告げ合い、結ばれてからだって。誰に指摘されなくてもぴったり時期が合うのは間違いないし…。 奴がわたしの夢に入り込んでくることがそもそも無理やりで、負担をかけて悪い影響を与えてるのか。それとも、わたしたちが身体を重ねること自体。霊体である新の不安定な状態をさらに悪化させてるのかも。 「理由はわからないけど、見た感じ明らかに何かの変化は起きてる。何でもなかったで終わらないとも限らないけどもしかしたら取り返しのつかないことかも。あんたに霊感がないのわかっててそれを黙ってるのは…。正直気が気じゃないし寝覚めも悪いし。さ」 わたしがショックを受けて固まってるのを見やりながら潮さんが気まずそうに言い訳する。と、そこで脳内で唐突に落ち着き払った新の声が響いて。わたしは跳ねるように椅子の上で身を起こした。 『別に。…それでもいいよ、俺は』
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