あやかしのお宿

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 そんなこんなでやって来た鄙びた温泉宿。  周辺は濃い緑の山々に囲まれ、夜は虫の声が聞こえるだけの静かな立地。  部屋は二間続きの広々とした和室。さすがに二人で泊まるにしては広すぎる。  外に面した障子の向こうには松の大樹や石灯篭を配した立派な日本庭園。大きな池には錦鯉がゆったりと泳いでいた。  立派な宿だが、本日の宿泊客はなんと二人だけ。  それには理由がある。  なぜならここは――小さな手足の生えた什器がそこいらをウロウロする――「あやかし」が出るお宿なのである。 「曰くつきって言うほど気味が悪くはないんだけどな」  京介は頭の後ろで手を組んで畳に転がる。  どうやらこの旅館の女将はほとほと困り果て、伝手を手繰ってこういうことに詳しい相手に相談を持ち掛けたらしい。  じじいに誰の依頼かなどと聞いたところで教えてもらえない相手だろう。 「最初から嫌がらせをしてくるタイプではないだけかもしれん」 「出るって言っても、俺が話をしたのはコイツだけだ。他は大人しい」  今はだんまりを決め込んだ壺を視線だけで見遣ってつぶやく。  彼らは少しばかり普通ではない。世にいう視える人である。  というか表向きは会社員と私大生。その実、鬼狩りと陰陽師。  一般には言えないそういう類を扱う組織――便宜上と呼んでいる『上』と呼ばれる組織――に庇護されている。  とはいえ、骨休めと騙されてここへやって来た。 (何が年次休暇だ、仕事じゃねぇか)  心の中で文句を言った相手は思い返してみればそういう相手だ。 「俺はちゃんとしてるぞ」 「それはどうだか」  京介は不満げに口を尖らせてみせるが、啓一郎はそっけなく鼻を鳴らす。 (ちゃんとやっているはずなのに、問題が起こる。なんでだろ?)  問題が起こる時点でちゃんとやっているとは言わないが、京介にしてみればそうではないようだ。 「ま、こんな山奥まで来たんだし。少しぐらい羽を伸ばしても問題はないだろ? どうせヤツらが出てくるのは深夜だろうし、相手は晩飯を食べてからで十分だろ?」
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