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桜は瞼を瞬かせて、何も言わずに誠也を見ていた。
まさか、学校一の不良が自分を助けるなんて。彼女は、そう思わずにはいられなかった。
「礼もなしかよ」
誠也は、憎まれ口を叩きながら桜の手を放す。
桜はムッとした表情で、
「助けてくれてありがとうございます」
怒りの熱を下げるように風が吹いた。桜は風に煽られる長い髪を押さえ、誠也を睨む。
誠也に対する第一印象は最悪。早くこの場を去りたいと、桜は思っていた。
「別に」
その思いが通じたのか、誠也が屋上から出ていった。残された桜は、ハアと溜め息を吐き、運動場を見つめる。運動場で練習しているのは、白黒のユニフォームを着た野球部。練習をしている彼らは、桜から見るとアリのように小さい。
すると、きゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえてきた。運動場にある緑のネットの側に、女子生徒の群れが出来ている。とある男子野球部員を見つめる彼女達は、阪田という名前を連呼している。
桜が見ている男子野球部員も阪田だった。ひそかに想いを寄せている彼女は、その想いを阪田に伝えることが出来ないでいた。それどころか、話したことがない。なぜなら、阪田は三年で、桜は二年。学年が違うからだ。
「あーあ、私も側で見たいなあ」
と、日頃から桜は思っていたが、三年の女子生徒が見張っているためそれが出来ない。話しかけようものなら、標的にされるだろう。
しかし、話しかけるきっかけは、ひょんなことからやって来る。
数日後の放課後。桜はいつものように屋上から練習を眺め、帰りが遅くなった。
暗い空には星達が浮かんでいて、真ん丸な月は神々しく光っている。
一人で帰ることが日課になっていた桜は、学校の側にある坂道を下っていた。外灯もない暗い夜道は、何が出るか分からない。
「ねえ、君一人?」
背後から声がした。桜はその声に驚き、思わず振り向く。
「さ、阪田先輩?」
声をかけたのは阪田だった。黒い学ラン姿の彼は、大きな白いバッグを持った状態でニコニコ笑っている。
「あ、俺のこと知ってたんだ。不審者に間違われたらどうしようかと思った」
黒髪の似合う爽やかな少年がホッと溜め息を吐いた。そして、彼は桜の隣に立ち、
「途中まで一緒に帰らない?」
「え、でも先輩の彼女に悪いから」
「いや、彼女いないから平気」
阪田の返事を聞いて、桜の胸が弾む。話せただけでも大きな新歩だというのに、その上一緒に帰れるとは夢にも思っていなかった。
大好きな人が隣にいる、それだけで桜は胸が一杯だった。
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