例えば、こんな始まり

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12階立てのマンション。7階の依頼者の部屋に着いてインターホンを鳴らす。出てきたのはふんわりとした雰囲気のガーリーな女性だった。胸の下まである緩くパーマのかかった髪に大きな目、人懐っこい笑顔を浮かべて一色たちを迎え入れた。 部屋に通されてダイニングテーブルに圭太と隣り合わせで座る。白い家具で統一された綺麗でいかにも女の子らしい部屋。お茶淹れますね、と彼女はキッチンへと入る。 「どう?視えた?」 こそっと小声で圭太が問いかける。 一色は頷きながら再び彼女へと視線を向けた。 彼女の背中に誰かいる。背は彼女と同じくらい。肩に手を置いて離れないようにしがみついているように見える。顔は肩に埋めるようにしているので判別つかないが何となく女のように思う。べったりとくっついている状態は一色が今まで良く視ていた生き霊の状態に良く似ている。 でも… 「あれ、2ついますか?」 何か重なっているように視える。 「正解。うん、目が良いのは本当だね。あれは生き霊と、呪い」 圭太はすっと目を細めて呟いた。 「呪い?」 「そう。想像よりちょっとややこしい依頼みたいだね」 へらりと笑う圭太に一色は一抹の不安を覚える。 「お待たせしました」 ティーカップに入ったコーヒーが置かれる。さすがにここではココアがいい!などの我儘は言わなかったため圭太に出されたのも同じコーヒーだった。 圭太はじっと透き通った黒のコーヒーを眺めている。今になってやっぱりコーヒーは嫌だとでも思っているのだろうか。 ちょんちょん、と太もも辺りを触られて視線をそちらへ向けるとテーブルの下で依頼者に見えないように携帯の画面を向けられる。 『飲んじゃだめ』 軽く視線を送って小さく頷いた。 「中野さん、誰か呪ってる?」 依頼者が席につくやいなや圭太が花が咲くくらいの笑顔でそう聞いた。コーヒーを飲んでなくて良かった。飲んでいたら噴き出している。それを防止するために飲んじゃダメと言っていたのかと思うくらいのど直球な質問だ。 案の定依頼者は笑顔のまま固まっている。 「圭太さん、枕詞って知ってますか?」 「ん?ピロートークなら分かるよ?」 「……いや、いいです」 斜め上からの回答に一色の頑張るメーターは一気に下がってしまったので口をつぐむことにした。 しばらく重苦しい沈黙が続いて最初に口を開いたのは依頼者だった。 「……どうしてですか」 ぎくりとするくらいに鋭い視線だった。 「視れば解るよ?僕たちはそうゆうお仕事だから。中野さんの背中には確かに霊がいる。それは生き霊と呼ばれる類のもので、中野さんに憑いてるのは悪い生き霊。きっとインターホンを押して脅かしてきたのも同じ。でもね、その生き霊にどす黒いヒトガタのもやがある。これはね、誰かを呪ったときに出来るものだ」 圭太は淡々と事実を述べている。目をこらして視れば確かに生き霊の周りを囲うようにヒトガタの黒いものがある。これが呪い。 「つまり、この生き霊さんは誰かに呪われる。生き霊って霊体なのにそこにも呪いの影響が出てるってかなりだよ?そして、この家からも同じ黒いものを感じる」 一色は部屋全体を見渡してみる。カウンターキッチン、ダイニング、ソファーにテレビ、扉が閉まっている部屋が2つ。一人暮らしには広い2LDK。見える範囲はきちんと整頓されているし、圭太が言うような黒いものは見えなかった。 「怒んないから正直に言って。どんな呪いか分かんないと僕困っちゃう」 再びこてん、とあざといポーズを見せる圭太。可愛い、あ、今はそれどころじゃない。 一色より可愛いに耐性があるのか依頼者は黙ったままだ。 まぁ貴方人を呪ってますね、と言われて素直にはいそうですと認める人間は少ないだろう。 「まず状況を整理しませんか?」 俯いてしまった依頼者が一色の柔らかな声に顔を上げる。目が合ったときに殊更ふんわりと優しげに微笑むと、彼女は少し照れたように視線を逸らした。 「貴方の背中に霊がいるのは私にも視えます。顔までは分かりませんが女の人だと思います。心当たりがありますか?」 「…………ないわ」 「そうでしょうか?私には貴方は分かっているような気がするんですが」 彼女の顔が少し顰められたのを確認する。 「何か理由があるんじゃないですか?」 努めて優しく、彼女のプライドを傷つけないように一色は眦を下げて声をかける。 「何を聞いても私は貴方の味方ですよ」 一色の微笑みに、彼女がゆっくりと口を開いた。
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