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「天然たらしだねぇー」
6畳ほどの部屋でカチャカチャと除霊の準備をしながら圭太がにやついた顔を一色に向ける。
「人聞きが悪いですよ。これも仕事です」
「それの方がどうかと思うけどねぇ」
一色の多少色仕掛けとも言える説得が入ったあと、彼女は陥落して話始めた。
曰く生き霊の可能性があるのは同じ会社で働く先輩らしい。彼女は2年程前から4つ年上の男性と社内恋愛をしていた。優しくて仕事も助けてくれる彼のことが彼女は大好きだった。もう付き合って2年、お互い結婚を意識してもおかしくない年齢で、もちろん彼女は結婚したいと思っていた。そして半年ほど前にそれとなく結婚をチラつかせるようになったらしい。そのまま話がトントン拍子でいけば問題なかったが、上手くはいかなかった。
「ほんと、生き霊って恋敵が多いよね」
「そうなんですか」
「人間の嫉妬は怖い怖いー!源氏物語とかもやばいでしょ?昔から恋は人を狂わすんだよぉー」
圭太は他人事のようにおどけて首を竦める。
彼女にも恋敵が出来てしまったのだ。
会社の配置換えで同じ部署にやってきた先輩は凄く仕事の出来る女性だった。30代半ば、真面目で近寄りがたい印象を受ける先輩で周りからも怖がられていた。基本的に人付き合いの良い彼女は先輩とも仕事上上手くやっていた。
しかしある日、見てしまったのだ。その真面目を絵に描いたような先輩が、自分の彼氏と会社の倉庫でキスをしている場面を。
その夜彼女が彼氏にどういう事かと詰問すると彼氏はあろうことか自分と付き合うよりも前、約4年も先輩と付き合っていたというのだ。自分が二股をかけられていたことに呆然とする彼女を彼氏は優しく抱きしめた。そして囁く。先輩とは終わりにする、約束するからこれからも一緒ににいてほしいと。
「でも今回の話って悪いのは全部その男でしょう?なんで女同士の争いになるんですかね」
「不思議だよねー、僕にはまるで分かんない」
結局彼氏はそう言いながらも先輩とも別れなかったのだ。
おそらくどちらにも向こうとは別れると言ったのだろう。客観的に見れば1番のクズはその男で、恨まれるべきだと思うのに、何故か彼女たちの怒りは互いに向いてしまったらしい。女心は分からない。
そしてついに先輩は彼女に無意識だろうが生き霊を憑けてしまった。
「まぁでも、どんな理由があっても呪っちゃダメだよね」
「そうですね。それにしても………こんな簡単に人って呪えるものなんですね」
一色は机の上にクマのぬいぐるみを見てため息をついた。
「センスも必要だし誰でも出来るってわけじゃないよー?ネットなんか間違った情報だらけだしね。その点彼女は筋も運もいいのかもねぇ」
クマのぬいぐるみのお腹は縦に一直線に切られた後がある。切られたお腹は赤い糸で丁寧に縫い合わされていて白いお腹に通る赤が嫌に鮮明だ。そのお腹の中には先輩の髪と名前、腐った生ゴミ、神社の土が入れられている。生ゴミの匂いなのか腐敗臭が鼻をつく。
この人形を依り代にして先輩へ毎晩恨みの言葉をかけ、時には乱暴な扱いをしていたと、彼女は話してくれた。
ただの冗談のつもりだった。上手くいかないことのストレス発散のつもりだったのにまさか本当に呪いが成功するとは思わなかったそうだ。
「上手に呪えたのに生き霊に憑いて自分に返ってくるなんて災難だよね」
「自業自得とも言いますけどね」
「わっ、悠ちゃん辛辣!!あんなに優しく手を握ったりしてたくせに!………よし、でーきた!!」
立ち上がるとうーんと背伸びをして笑顔を見せた圭太に一色はとりあえずパチパチと乾いた拍手を送る。
五角形の頂点になるように盛り塩が置かれ、正面には丸い大きな鏡と対角には牛乳瓶ほどのサイズの黒いガラス瓶。
「じゃあ悠ちゃんはこれを持ってね」
「……何ですかこれ?」
「ふふふ、可愛いーでしょお」
渡されたのは天使の羽が生えたピンクのうさぎのぬいぐるみ。ふわふわの手触りを確かめるように一色はむにむにと柔らかい体を揉む。
「いい?僕は中野さんから生き霊と呪いを引っぺがす。呪いはあの黒い瓶に閉じ込めて事務所で処理する。そしてそのウサちゃんに生き霊を憑ける。悠ちゃんはウサちゃんを持って立っててね」
一色の持つウサギを指差しながら圭太は変わらずにこりと笑った。
圭太は自分が何の知識も技術もないことを知っているのだろうか。一色からは自分について何の説明もしていないが、橘からある程度は伝えられているのだろうか。いや、あの橘のことだ、適当にしか伝えていない可能性も大いにあるのでは。
「悠ちゃん?どーしたの?」
「あ、いえ何でもありません。分かりました」
一瞬不安がよぎったが一色は微笑んで頷いた。ただ人形をぬいぐるみを持って立っていればいいだけ。小学生だって出来る。
仕事では先輩といえど自分より年下であろう圭太に情けないことは言いたくなかった。
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