例えば、こんな始まり

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五角形の中心に依頼者が呪いに使用したクマのぬいぐるみを持って座る。背中には相変わらず黒いモヤと生き霊が憑いている。不安げに揺れる彼女の目に大丈夫ですよと声をかけてやりたいが圭太に声を出さないよう指示を受けているため一色は固く口をつぐんでいた。 彼女の後ろ五角形の外側に圭太。その対角線上彼女の正面に一色がウサギのぬいぐるみと共に立つ。 静かな空気が部屋を満たす。 互いの息遣いまで聞こえてきそうなほど静かな空間。 —————パンっ! 空気を切り裂いたように圭太が柏手を打つ。 「もえん不動明王火炎不動王波切り不動王 大山不動王吟伽羅不動王吉祥妙不動王天竺不動王天竺山坂不動王」 圭太が呟くように唱え始める。 少し距離があるため一色には何を言っているかハッキリとは聞こえないが圭太の邪魔にならないように息を殺す。 「逆しに行ふぞ 逆しに行ひ下せば 向かふわ………」 圭太の口からは滑らかに言葉が落ちてくる。 バンっ、と床が叩かれる音がして一色は視線を圭太から依頼者に向けた。 彼女は眉間にシワを寄せて固く目を瞑っている。手に握られたぬいぐるみをぎゅーっと握りしめて、苦しそうだ。 「……もえ行け 絶え行け 枯れ行け 生霊」 圭太は未だ目を閉じたままだ。彼女の状態に気付いているのかは分からない。 でもきっと止めては行けないことなんだ。一色はごくりとツバを飲んだ。 「………っ、ううっ…」 彼女から呻き声が漏れる。 背を丸めてその場に蹲った彼女の背後、生き霊が蠢く。彼女の肩に食い込むほどだった指先が僅かに離れる。背中からも遠ざかっていくようだ。尚も抗おうと彼女に向かっていく様子が見て取れた。 「其の身の胸元 四方さんざら……」 張り詰めていた空気は更に重く、彼女の周りの圧力が増す感覚がした。 「味塵と乱れや 妙婆訶!!!」 「ゔぁ、ああっ!」 圭太が声を張り上げたのと同時に彼女が胸の辺りを抑えて声を荒げた。 背後にあった黒いモヤは離散して圭太の方へ、そして生き霊は (————、っ、しまった、かも!) 彼女から弾き飛ばされる瞬間、生き霊の、否、彼氏を取られた女性の悲壮な目とがっつりと目が合ってしまった。 生き霊はそのまま吸い寄せられるかのように一色の手に握られたウサギのぬいぐるみの元へと消えていった。途端にズンっと手の中が重たくなった。 「っ、あーーーーー!終わったぁ!」 二度柏手を打ったあと圭太は大きく背伸びをして大きく息をはいた。 「中野さん、大丈夫??」 「…はい。平気です」 「上手く行ったからもぉ大丈夫だよ。良く頑張りました!」 「……ありがとう、ございますっ」 圭太に背をさすられながら、彼女は痛みからか安堵からか涙を流した。そんな彼女をよしよーし、と子どもみたいに慰める圭太の様子を一色はどこかぼんやりと眺めていた。 本当はそこで彼女に手を差し伸べたいのに、圭太にもお疲れ様と声を掛けたいのに一色の身体は言うことを聞かない。無事に除霊が終わって安堵したはずなのにどうしてだか胸の辺りがモヤモヤする。 「落ち着いた?僕たちここの片付けしてしまうね、平気?」 「ええ。リビングでお茶の用意して待ってます」 しばらくして落ち着いた彼女は一色にも頭を下げてから部屋を出る。 「さぁ、急いで撤収しよー?」 そう言って笑顔を見せた圭太の目に、不自然なくらいぼうっとして突っ立っている一色が映った。目線は合っているのに反応もない。ウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えている。 「悠ちゃん?あれ?」 一色の目の前まで来た圭太は自分より背の高い一色を頭のてっぺんからつま先まで見て、そして頬を掻きながら苦笑いをした。 「………んーーっと、困ったなぁ?」 疑問形で首を傾げた圭太を一色はやっぱりあざといと心の隅で思った。
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