例えば、こんな休日

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「預かってきましたけど!?」 「ご苦労様」 一色は桐の箱をドンっとソファに座る橘の前に置いた。こちらを一瞥しただけで橘は再びソファにもたれ顎を上げながらだらしなく煙草を吸っている。 「私の貴重な休日を無くすほどの価値はあるんでしょうね?」 橘の背後に回ってその口から煙草を取り上げて一色は綺麗な顔で笑った。 「何怒ってんだお前」 「そりゃ怒りたくもなりますよ。瀬崎くんまで脅して」 「最初から電話に出ないお前が悪い」 橘に一色に連絡を取らないと透がどうなっても知らないぞと脅された瀬崎は慌てて一色に電話を掛けてきた。今日は透がここでバイトの日で瀬崎は用事があって来れないのだ。橘はどちらかというと瀬崎をからかって遊んでいるため透の貞操の心配はいらないのだが、どうしても橘を信用できないらしい。 ちゃんと連絡しますから、と瀬崎を宥め嫌々橘に電話をすれば、荷物を受け取って来い、とだけ言われて一方的に電話を切られた。あとは目的地の住所がメールで届くだけ。詳細も何も分からないまま一色はそこに行くしかない。 「だいたいコレなんですか?」 着いたのは立派な日本家屋。綺麗な数寄屋門に付けられたインターホンを押すと中からこれまた古風な割烹着を着たおばぁさんが無言で渡してきたのが、この桐の箱だった。 受け取るとおばぁさんは頭を深々と下げてそのまま家へと入ってしまった。 何も理解出来ないまま持ち帰るはめになったが粗末な扱いは出来ないと一色の第六感が告げていた。 「知りたいか?」 「知りたくはないです。でもわざわざ休日の私を呼び出す価値があるのかだけ知りたいです」 「お前さっきからそればっかりだな。振替休日でもやれば満足か」 「そうですね、それか見合う報酬でお願いします」 「ヒヨッコのくせに言うようになったじゃねぇか。開けるぞ」 橘の鋭い視線に一色は呼吸を正した。中に何が入っているか分からないため念のため防御姿勢をとる。 それを確認してから橘はゆっくりと箱を開ける。 「………市松人形」 中に入っていたのはおかっぱ頭で赤い綺麗な着物を着た典型的な市松人形だった。 「これが夜中に動き出す」 「それは一昔前のオカルト番組みたいですね」 市松人形が泣く、髪が伸びる、笑う、使い古されたホラーの定番だ。 今でもたまにあの髪が伸びる市松人形を追っているテレビ番組がやっている。 橘から箱を渡されて手に持つ。見れば見る程綺麗な顔をした人形だった。白くて丸い顔に真っ黒な深い色の瞳、赤い小さな口。赤い着物は丁寧な作りで帯は金箔が入っている。高価なものだと一眼で分かる代物だった。 「というわけでお前一晩これ持ってろ」 「はぁ??!」 「あ、家には帰るなよ。ここで寝ろ。じゃあ俺は用事があるからあと宜しく」 「え?ちょっと、橘さんっ!」 一色が人形に気を取られている間にドア付近まで移動していた橘は引き止める一色を無視してそのまま足早にいなくなってしまった。 「あのクソ人間……」 開いたままのドアを睨みつけながら一色は悪態をつくしかなかった。
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