例えば、こんな始まり

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「オレいつか本当に自分の身くらい守れるようになるんですかね」 透がカウンターにつっぷしながら嘆く。透は子どもの頃から幽霊が視えるが、それの対処法を知らなかった。 透がタチの悪い生霊に取り憑かれ、助けを求めたのが橘だった。 しかしこの世界の依頼料は高額でどちらかと言えば貧乏大学生の透が払える金額ではなかったのだ。その借金を返す為に透と、付き添いで恋人の瀬崎はここで働くことになった。 積極的に勧誘したのは一色だった。ここで働けば身を守る術くらい教えてあげれるから、と甘い誘惑の糸を垂らしたのだ。 今日はバイト終わりに少しその術の練習をする日だ。練習し始めて今日で5回目。どうやら自信を喪失しているようだ。 「まだ始めたばっかりじゃないですか」 「そうですけど……なんかこう、こういうのって潜在能力なんじゃねぇのって思ったり」 「うーん、確かに。それは大きいですねぇ」 一色のトボけた返事に透の肩はさらにがくんと落ちる。どうやら本当に参っているようだ。そんな姿も微笑ましい。 一色はつくづく透に甘い。 「冗談です。……少なくとも私は自分の身なんて橘さんに会うまでは全く守れませんでしたよ」 「えっ!マジですか。あー……そもそも2人っていつからの付き合いなんですか?」 「聞きたいですか?」 「聞きたいです」 透の瞳を真っ直ぐに受け取って、長い指で自身の顎をさすりながらわざとらしくうーん、と悩む。 そしてにこりと人の良い笑顔を浮かべると指を唇の前に1本立てる。 「……内緒です」 そうハナから教える気なんかない。橘との出会いは最悪なものだった。今思い返しても人生の汚点。 それを自分に懐いてくれているこの可愛い後輩には知られたくなかったのだ。 だってアレは不可抗力。 偶然の重なりだが、今思えばきっと必然だったのだろう。 「さ、そろそろ時間ですよ。透くんの本日最初のお仕事は2階で未だ寝ている(おにもつ)の回収です」 「えぇっ、その仕事だけはやりたくねぇー」 雪の降る日に、一色は文字通り橘に拾われたのだ。
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