例えば、こんな休日

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相原透は凄く悩んでいた。 ドアの影に隠れて様子を伺う。その視線の先には自席に座り物凄い速さでタイピングをする一色がいた。美人が怒ると怖い。無言の圧が離れたところにいる透にまで届いていた。 でもバイトも終了の時間だ。そろそろ瀬崎のお迎えも来るし、帰りの挨拶はしなければ。 透は意を決して1歩踏み出した。 「お疲れ様した」 「ああ、もうそんな時間ですか。お疲れ様でした。今日もお客様は来なかったですね」 透の予想とは裏腹に一色はいつも通り優しく微笑んだ。 今日も下のBarで店番をしていたが来客はなし。おかげで大学の課題が一つ片付いた。本当に良く潰れないなと透は不思議で仕方がない。 「一色さんは泊まりですか?」 「えぇ。あの人に仕事を押し付けられてしまいました。……そうだ、透くん視てみます?」 一色は隣のデスクの上に置いていた桐の箱を手に取った。 「危ないものですか?」 「今のところ大丈夫ですよ。でも教えた通りに少し自分を守ってください」 透は一度目を閉じた。何か危ないものに遭遇した時には呼吸を正して集中する。自分の周りに薄く膜を張ったイメージを持ってつけ込まれないように腹にぐっと力を入れる。 ここに来て一色から学んだ最低限の自衛方だ。 一色は透の様子を見て穏やかに微笑む。こうして言われたことを素直に吸収できるのは透の長所だ。可愛いもの好きの一色の心をくすぐっていることを透は知らない。 「これです。何か視えますか?」 桐の箱を開けた一色が透に問う。 中に入っていた市松人形はどう視てもただの綺麗な人形だった。壊れているところも不自然ところもない。 透はふるふると緩く首を振った。 「何も。ただの人形です、どっちかっていうと綺麗な」 「やっぱり透くんでも視えませんか。もしかしたらと思ったんですが」 一色は困ったように眉を下げた。 「大丈夫ですか?」 「平気ですよ」 にこりと笑って桐の箱を閉めた一色にお疲れ様でしたと言われて透は軽く頭を下げてドアへと向かった。ドアまで見送りに来てくれた一色はそれはそれは綺麗な微笑みを向け、 「あ、瀬崎くんに会いますよね?瀬崎くんが脅しに屈したことで休日の私が呼び出されたことは全く怒ってないですからねと伝えてください。ええ、本当に。そのお陰でこんな得体の知れないものと一晩過ごすことになったことなんて、ちっとも怒ってないですからね。ほんとーに全然気にしないでくださいね」 美人が笑顔で怒っているときほど怖いものはない。透は背中に冷たい汗が流れるのを感じながらハハハ、とから笑いを浮かべて足早に下へと降りた。 今から会う少し打たれ弱い恋人にどうやって伝えようと悩みながら。
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