例えば、こんな休日

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「さて、と…」 時刻は23時すぎ。シャワーを浴びて白のスウェットパジャマに着替えた一色は今からの行動を考えながらソファでお茶を啜っていた。 今日一晩ここにいろ、と指示を受けただけなので寝てていいのか、夜になると動き出すというこの人形を一晩起きて監視した方がいいのか。 テーブルの上に置いている桐の箱を見つめる。今のところおかしな点はない。 (いいや、寝てしまおう) 本当に動き出すかも分からないものをただ待つのは非効率的だ。お茶を飲み干して洗ってから一色は桐の箱を手にとって仮眠室へと向かった。ここの2階は橘の自室と、事務所、物置、そして仮眠室がある。仮眠室は本当に簡素な作りで6畳ほどの部屋にシングルベッドが1つ置いてあるだけだ。 箱をどこに置こうかとしばし思案して、床に置くのは憚られたので仕方なく枕元に置いた。 怖くないかと言われれば少し怖い。でもそれ以上にこれを側から離していたのが橘にバレた時のうっとうしい絡みの方が一色は嫌だった。 まだ温まっていないベッドは寝転ぶと少し冷たい。本当なら布団乾燥機で温めたふかふかのベッドで寝れるはずだったのにと改めて悔しく思う。せめてここの布団を羽毛ぶとんにして欲しい。今度勝手に購入して請求しようと決意を固めた。 「おやすみなさい」 一色は桐の箱に向かってそう声をかけると静かに瞼を閉じた。 カリ、カリ、カリ…… 微かな物音がして一色は意識を浮上させた。 暗闇の中携帯を探して画面をつける。 1時52分。 霊が活発に動き始める時間帯だ。携帯のライトを点けて音の方を確認する。 予想通り隣に置いていた桐の箱からだった。 規則正しく、カリ、カリ、とまるで細い指で中から箱の蓋を開けようとしているような音。 「どうしましょうか…」 開けてあげるのが親切か、このまま様子を見るべきか。 ———開けてっ! 突然の声にびくっと一色の肩が揺れた。 箱からはなおもカリカリと弱々しい音が聞こえている。 どうやら自力ではこの箱を開けれないようだ。 ———お願いっ、開けて! 一色の中に直接響くような声。少女のような声だ。 悪い霊は人をすぐに騙す。か弱い女の子を演じているだけで開けた瞬間に襲ってくることも考えられる。 ———お願い、助けて でも、こんな風に懇願されて無視できる人間ではない。 一色は呼吸を整えて箱にそっと手を伸ばした。 悪い感じはしない。 一色は生き霊と共鳴する体質なだけで霊感があるわけではない。でも自分の直感を信じている。 意を決して、蓋を開けた。
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