例えば、こんな休日

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箱を開けると中にいた市松人形の目がギョロリと一色を見た。そして一色から視線を外し、その黒い目は部屋を確認するようにぐるりと一周する。 まぁこれを夜中に見るのはなかなかホラーだな、と一色は冷静に考えた。 『ありがとう』 赤い小さな口は動いてはいないが確かにこの人形が話しているようだ。 「どういたしまして。凄いですね、お話が出来るんですか?」 『お喋りできるよ!だってもうすぐ6歳だもん』 褒めると声が嬉しそうに跳ねた。本当に6歳の少女が話しているように聞こえた。人形の手がゆっくりと動いて箱の淵を掴む。そしてそのままグググと起き上がった。 少し警戒をする一色を気にする様子もなく、そのまま箱から出ようと試みている。 「あの、いなくなってしまっては困るのでそのまま箱の中にいてもらえませんか?」 もしも無くしてしまったり、逃げられたりしたら橘にどんな嫌味を言われるか分からない。その一心で出た発言だったが、人形の動きがピタリ、と止まった。 途端に今までとは違う肌を刺すような威圧感が一色を襲う。 (何か失言だったか) 人形の深く黒い瞳がじっと一色を見つめる。 その眼は何かを計っているかのようだ。 『お兄ちゃんも閉じ込めるの』 「お兄ちゃん、も?」 『どうして。どうして。どうして。どうして』 人形は肩を震わせてひたすらどうして、と繰り返す。その声に呼応するかのように古いアルミサッシの窓がガタガタと音を立てて揺れる。 『どうして。どうして。どうしてみんな私を閉じ込めるの。やだよ、やだよ、やだよぉっ』 「落ち着いて…大丈夫ですから」 とにかくこの状況を鎮めようと一色は優しく言葉をかけるがパニック状態で届いていないらしい。窓は更に強く震え、ベッドさえもガタン!と大きく跳ねた。このままでは部屋がめちゃくちゃになる可能性もある。 仕方がない、と腹をくくって一色は人形に手を伸ばした。 「……っ、」 脳内に知らない記憶が雪崩のように入り込んでくる。 大きなお屋敷の中の1番奥。4畳ほどの畳張りの部屋にはその部屋とほぼ同じ大きさの赤い座布団のようなものが置かれている。厚みはあるがナイロン素材で触ると冷たい。出入り口は1つ、木の引き戸がありそこに開け閉め出来る小さな小窓。出入り口と反対、部屋の奥には高い位置に格子の灯りとりの窓があり、そこから空が見えた。 少女に許されたのは窓から外を見ることと、小窓から廊下を見ることだけ。 いつもいつも、大きな座布団の上にお人形のようにただ座っている。 夜になるとおばぁちゃんが掛け布団を持ってくる。それに包まって目を閉じる。暖房器具のない部屋は冬はすごく寒い。寝間着である浴衣の襟をぎゅっと狭めて、身体を丸めて耐えるしかない。 朝、綺麗な着物を着せにくるおばぁちゃんに毎日問いかける。 「どうしてここから出ちゃいけないの?」 一色の口から言葉が溢れた。 『……お兄ちゃん、わかるの?私と同じものが、みえる?同じように、感じる?』 人形、いや、少女は泣きそうな声で一色に縋り付いた。部屋の揺れはすっかり収まり、静かな夜が戻っている。 「解ります」 一色はぎゅっと少女を抱きしめた。 寒い、辛い、寂しい。どうして。なんで。助けて。お父さん。寂しい。寂しいよ。 涙が溢れて止まらない。少女はずっとこんな気持ちだったのだ。1人あの小さな部屋に閉じ込められて、ただ毎日そこに存在するだけ。 「今日はたくさんお話ししましょう。夜が明けるまで、貴方が戻れるまで」 少女は一色の言葉に嬉しそうに頷いた。
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