例えば、こんな休日

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「そんなもの、知らん!!!もう良い!!さっさとソレを持って出て行け!!金なら振り込んでやる!」 桶川は立ち上がると一色の横まで来て右腕を持ち上げて立たそうとする。一色はそのまま立ち上がってじっと正面から桶川を見つめた。 「分かりました」 桶川の手を振りほどいて一色は駆け出した。ハナから素直に応じてくれるとは思っていない。桶川の制止の声を無視して昨日共有した記憶を頼りにいろはちゃんのいる部屋を目指す。 「いろはちゃん!!」 木の扉を見つけて一色はそのドアを叩いた。ドアを引いてみるが鍵がかかっていて開かない。扉の上にある小窓を開けて中を覗くと、驚いた顔をしたいろはちゃんが部屋の奥に座っていた。 艶やかな長い黒髪に、白い肌、ピンクの頬に赤い口紅。御所車、牡丹、蝶々などの古典文様が大胆にあしらわれた赤い着物を纏った少女はさながら日本人形のようだ。 「いろはちゃん、ここから出ましょう」 「お兄ちゃん、だぁれ?いろはのこと知ってるの?」 「ええ。昨日たくさんお話したので、もういろはちゃんの友達です。待っててください、どうにかしますから」 一色は戸惑う少女に優しく微笑んだ。小窓越しでも伝わったのか彼女はこくりと頷く。 「勝手なことを言うな!!」 「っ、ぐっ、」 肩を掴まれて反転させられ、ドンっと壁に押し付けられる。桶川が血走った目で一色を睨みつけた。 「貴方の、娘さんですよね…っ!」 胸元を桶川の腕に押される。振り払おうと抵抗しても身体全体で押さえつけられて体格差もあり逃れられない。 「アレは私の最高傑作だ!!!誰にも渡さん!!!!」 「何言ってっ!……ここにいるのは、人ですよ?貴方のただ1人の、」 「黙れ!!!!」 「…っぐ!」 桶川の手が一色の喉元を締め上げる。 一気に呼吸が出来なくなって苦しい。一色の指が震えながら桶川の手首を掴む。しかしその力は緩むことなく、ぎりぎりと強くなる。 酸素不足で頭がぼうっと重くなり、手が痺れる。 (……苦し、…助けて、) 目に涙が浮かぶ。 「た、ちばな…さ…」 「————っ!馬鹿かお前はっ!!」 その怒号と共に身体が軽くなり空気が一気に入ってくる。 「ごほっ、げっ、はっ…」 噎せながらぼやける視界に見えたのは橘の珍しく焦ったような顔だった。 「な、んで…」 その場に座り込む一色に視線を合わせるように橘がしゃがむ。いつものオールバックが少し乱れていた。 橘は一色と視線がしっかり合うことを確認してからその頭に一度手を置いてから立ち上がった。 「不出来な弟子が粗相して悪かったな」 誰が弟子だと思ったが呼吸がまだ整わない一色は反論することが出来ない。 桶川は橘に蹴り飛ばされたのか廊下に倒れていた身体をゆっくりと起こした。 「貴様も邪魔をするのか。アレは私のものだ!手塩をかけて作り上げた最高傑作だ!」 「ああもう面倒くせぇからそーいうのはいい」 怒りを滲ませる桶川を軽くあしらって橘は懐から白い紙を取り出した。それを桶川の胸に付け何かを呟く。 途端にぐらりと傾いた身体を支えて廊下にやや雑に転がした。 「おっも!!意識ねぇ奴は重いわやっぱ。………で、一色、生きてるか?」 「生きてます。桶川さんは?」 「平気だ、軽く呪って眠らせた」 軽く呪うとは。と一色は思ったがこの人のする事は規格外なのでいちいち気にとめると仕事にならない。 「一色は後で反省文」 「……なんでですか」 「報連相の不備」 「最初に丸投げしたのはそっちでしょう?」 「俺は一晩過ごせと言っただけで勝手に乗り込んで殺されかけろとは言ってないつもりだが」 「…………一応、メール入れましたけど」 そもそも朝になって橘が帰ってきているかもと事務所と自室も覗いた。どこで遊んでたのかは知らないが、職務放棄もいいところだ。 「今から解決してきます、のどこが報告メールだ」 いつも言葉足らずの橘に懇切丁寧に事の些細を送るのはなんだか負けなような気がしたし、一色だって働き始めて3年だ。自分1人で解決できそうだと思えば1人で行動することだって今までもあった。今回だってあの人形に憑いたいろはちゃんの生き霊は一晩話をすることで消すことが出来た。でも生き霊を生み出している環境を変えないことには遅かれ早かれまた同じようなことが起こる。 それに……、昨日感情を共有してしまったせいか、少しでも早く、あの部屋から出してあげたかった。 でも結果こうなってしまっているので返す言葉もなく、一色はとりあえずだんまりを決め込んだ。 「おにぃちゃん?大丈夫?」 後ろから戸惑ったようなはるかちゃんの声が聞こえる。一色は慌てて立ち上がって小窓の中を覗く。 「大丈夫です。もう少しで部屋から出れますから、待っててください」 さて、どうやってここを開けるか。鍵をどこからか見つけてくるべきか。失礼します、と一言断ってから桶川の着物の中をまさぐる。残念ながら持ち歩いてはいないようだ。 「男の服を剥く前に簡潔に説明しろ、馬鹿」 橘に頭を叩かれた一色は唇をとんがらせて相変わらず不遜な橘をじとっと睨んだ。
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