例えば、こんな休日

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あらかた説明すると橘がなるほどなと呟いて歩き始めたので一色も後を追う。 「というより、橘さん何でここに?」 首絞められて死にそうだったので正直助かったがなんともタイミングが良すぎる。 「お前からのメール見て嫌な予感しかしなかったんだ。俺の第六感に感謝しろよ、褒めろ、讃えろ、金寄越せ」 「カツアゲですか」 橘はある部屋の前でぴたりと足を止めた。橘の背中からひょこりと顔を覗かせて見ると、部屋の前にあの割烹着を着たおばぁさんがいた。 「おい、ばぁさん。この部屋には何がある」 橘の鋭い視線を受けても平然としているおばぁさんは静かに口を開いた。 「桶川家の家宝でございます」 「家宝?」 橘はぐっと前に手を伸ばして何かを確かめるような仕草をした後、はっ、と鼻で笑った。 「大層な家宝だな、ばぁさん解ってんだろう」 橘は襖へ手を掛けて、一気に開いた。その瞬間、ぶわっと重苦しい空気がこちらへ向かってきた。全身に鳥肌が立つ。橘の後ろにいたおかげでモロにその空気を浴びずに済んだ。 部屋は10畳ほどの広さがあり、奥が一段高くなって、部屋の端から端に大きな御簾が掛かっている。 御簾の向こうはいまいち良く見えないが、大きな神棚があるのが分かる。 橘はズカズカと部屋へ入り御簾に手をかけた。おばぁさんは部屋の前で佇んだままその行為を止めようとはしない。 御簾をめくると立派な新けやきの神棚の前に三方に乗せられた米や水、酒、野菜、果物などの御供えものがきちんと置かれていた。 そして肝心の神棚には、鏡を手にした20センチほどの小さめの、おそらく日本人形が鎮座していた。 何故はっきりと日本人形と言えないかと言えば、その人形は一色の目にはどろりとした黒い油のようなものが纏わり付いているように見えたからだ。 「橘さん、これって」 「桶川家の家宝であり、御神体でございます」 とてもじゃないが一色の目にはこれが御神体とは思えない。人形の周りの黒いものは間違いなく悪いものだ。 「御神体としての役割はもう果たせていない。今となってはただの呪いの人形だ。ばぁさんが毎日コレ供えてんのも力を増した原因だろう」 「例え呪われていようと、桶川家の御神体であることに変わりはありません」 おばぁさんは相変わらず入り口に立ったまま静かに答えた。 このおばぁさんが使用人なのかそれとも桶川浩継の母親なのかは分からないがずっとこの家を、この人形を守ってきたであろうことは伝わってきた。 「祓えるんですか?」 正直この人形には近寄りたくなくて一色は橘の後ろから距離を取ろうとした。 しかし、手首をぐっと掴まれてその場に引き止められる。 「お前誰にモノ言っている。当然だろう」 橘は口角を上げてふっと笑うと人形を手に取った。 「うわっ、良くそんなもの持てますね。無理、近づけないでください」 「お前な。呪われてても元神様だぞ」 露骨に距離を取ろうとする一色にため息をつくと、無理矢理一色の手に人形を押し付ける。 ゾクゾクゾク!!手から頭の先端へと悪寒が走る。 「持ってろ」 「ええぇーーー嫌です」 「一瞬だ」 一色は仕方なく人形を両手で持ってなるべく距離を取りたかったので腕を最大限に前へと伸ばした。 橘は一度目を閉じると、腕を胸の前まで持ち上げて、 パンっ! と大きく1つ柏手を打った。 途端に人形を覆っていた黒いものが霧散する。 これが橘が最強と言われる所以だと、圭太が教えてくれた。橘は他の霊媒師とは違って大掛かりな設備や、言霊を必要としない。どんなものでもその柏手1つで祓えてしまう、悪く言えばすごく強制的な力。それ故に生き霊を橘が祓うと人間の方へも大きなダメージがいくので苦手としていた。 「ばぁさん、どうする。コレはもう神の力なんかねぇが、捨てるか?」 「いいえ、どうか神座へお戻しください。私どもの大切な家宝でございます」 おばぁさんはその場で深々と頭を下げた。その肩が震えているように思えた。 何か声をかけようとした一色の口を橘の手のひらが塞ぐ。 不満気な目線を送っても橘は気にすら様子もなくそのままおばぁさんを残して部屋を後にした。
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