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例えば、こんな最悪の日
「…………は?」
一色悠人は心底呆れた声を上げた。
2月に入り世間はすっかりバレンタインモード。暇なので流し見していたテレビも百貨店で開催されているバレンタインコーナーの特集で、可愛い顔をした女子アナが甲高い声で各店の今年一押しのチョコレートを紹介している。ベルギーで大人気のチョコレート専門店が日本に初進出したらしい。
でも一色の今の関心はチョコレートではない。目の前で1粒500円くらいする高級チョコレートをぽんぽんと口に入れている山添圭太が発した言葉が理解できなかった。
「だーかーらー、僕と一緒ににゃんにゃんパーティーにいこうってばぁ!」
圭太は先程と同じ言葉を口にする。どうやら一色の聞き間違いというわけではないらしいが、頭が理解することを拒絶している。
10時ごろ出社をしてもはや日課と化しているBarと事務所の片付けをして、ひと段落したところにいつも通りハイテンションな圭太が入ってきた。パステルカラーの紫のパーカーにオフホワイトのワイドパンツ、黒の耳がついた大きめのリュックを背負った圭太はぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして一色の元へ来て、にゃんにゃんパーティーいこぉー?と嬉しそうに言ってきたのだ。
約1週間ぶりに出社して、開口1番の台詞とは思えない。その後しばらくフリーズした一色を気にすることなくソファへ座るとリュックからチョコレートを取り出して食べ始め、今に至る。
「そもそも何ですかそのにゃんにゃんパーティーって」
「えー、そのまんまの意味なんだけど。あ、悠ちゃんも食べる?」
「いただきます」
「どうぞー、ここのチョコ美味しいよねぇ」
「お茶淹れましょうか。紅茶の方がいいですか?」
「僕レモンティー!」
「チョコレートにレモンティーは合わないと思いますけど」
そう言いながらも圭太が意見を変えないことは分かっているのでレモンティーを入れる。自分の分はチョコレートに合うようにミルクティーにする。
紅茶を淹れてテーブルに持っていきソファに座る。繊細なダイヤのイラストが描かれたチョコレートを1粒取って口に入れる。カリっとした外側のチョコのコーティングが割れる音とともにカカオの芳醇な味わいが広がる。さすが高級チョコレート。
甘いものが好きな透が喜びそうだと考えて口が緩む。いや、でもこんなバレンタインの時期にチョコレートなんてあげたあかつきには瀬崎からの嫉妬の目が恐ろしい。
「で?そのにゃんにゃんパーティーと口にするのも気持ち悪いものはなんですか?」
一色は話を本題に戻す。どう考えても爽やかなパーティーには思えない。
「今年で5年目になるんだけど猫好きが集まってにゃんこを自慢する交流会だよー」
「……なんか、普通に健全な会ですね」
「えー、悠ちゃんのエッチ!何考えてたのー?」
自分の身を守るように圭太が自身を抱きしめる。一色はさらっと無視して紅茶を飲んだ。
「で、今度の日曜なんだけど空いてる?」
「空いてますけど、そもそも私猫飼ってませんよ?」
「うん、僕も飼ってないよー」
「………ならば参加資格がないのでは?」
橘は言葉足らずでコミニケーションが難しいが、圭太は圭太で余計な言葉も多く、そのくせ本題に辿り着くのに時間がかかって難しい。
首を傾げる一色に圭太も首を傾げる。
「だってこれ、お仕事だよ?」
ああ、ほらやっぱり圭太の言っていることは分からない。
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