例えば、こんな最悪の日

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あり得ない。 一色の脳内はその言葉で埋め尽くされていた。 今日は圭太から誘われたにゃんにゃんパーティーの開催日。 会場は結婚式場としても使われる1棟貸切の邸宅。ヨーロッパのお城を思わせる凱旋門をくぐると、大きな白亜の一軒家が見えてくる。大きな窓から降り注ぐ陽の光とシャンデリアの煌めきが会場を照らす、豪華な造り。バレンタインを模してかいくつか設置されている会場の丸テーブルにはピンクのクロス。その上には美味しそうな料理が綺麗に飾り付けられている。会場から見えるようにガラス張りの厨房ではシェフがミディアムレアのステーキを焼いてくれるそうだ。 緑豊かなガーデンには煌めくプールと、これまたピンクな装飾のスイーツビュッフェ。 そしてお目当てのベルティオンのケーキのコーナー。 「あの、これ婚活パーティーですか?」 「違うよぉー、にゃんにゃんパーティーだってば」 「じゃあ、猫はどこにいるんでしょうね?」 見渡す限り、人しかいない。楽しそうにグループを作って談笑しているが同じような年代が集まっているせいで本当に婚活パーティーのような雰囲気だ。 「猫ならほら!あの猫専用ルームにいるでしょ?」 圭太が指さした先には確かに猫専用ルームと書かれたガラス張りの部屋があり、キャットタワーやキャットウォークがある。優雅に散歩を楽しむ猫や、ダンボールや籠の中で睡眠を貪る猫。可愛い。非常に可愛い。けれど。 「比率が合わないでしょう」 猫ルームにいるのはせいぜい10匹ほど。それに比べて人間はざっと50人はいる。 今日は猫を愛でる会だったはずだが何人かは猫を愛おしそうに眺めているがその他大勢は食事や話に夢中になっている。 「やだなぁ、悠ちゃん。今日の会は必ず猫同伴じゃないといけないんだよ?」 「………どういう意味ですか」 圭太の含みのある話し方に違和感を覚えて一色は眉間にシワを寄せた。先日このパーティーに誘われた時圭太は確か、同伴者がいないとダメなんだと言ってはいなかったか。 一色は歓談している周りをぐるっと見回し、嫌な予感に身震いした。 今日は猫が主役で、猫好きがたくさん来ているからパーティーグッズ的なことかと思っていたが、もしかして。 「もしかして……」 「ピンポーンピンポーン!大正解!というわけで、はいこれ悠ちゃんの分!」 圭太はいつも通りの可愛い笑顔を向けるがその笑顔に殺意しか湧かない。今すぐにでも殴りたい気持ちを堪えて一色は軽蔑の目を向けることに留めた。 圭太から渡されたのは黒い猫耳のカチューシャ。プラスチック製ではなくふわふわの短毛の猫耳、耳の内側はスエード素材を使用していてどこか高級感がある。 「絶対、イヤ、です!!!」 「なんでなんでぇ?絶対可愛いよー、悠ちゃんに似合うのすごい探したんだよ」 「やっぱりただの変態パーティーじゃないですか!!!!」 にゃんにゃんパーティーて名前からして怪しかったのに、物に釣られてしまった一色はあの時の自分を呪った。 会場内には猫耳をつけた女の子が沢山いて、その女の子たちににやけた顔で男性が話しかけている。どう見ても健全ではない。むしろ婚活パーティと言ってくれた方がマシだ。 そしてそれを一色にさせようとしている圭太も健全ではない。 「圭太くんが付けた方が絶対可愛いですよ」 「えー、僕もそりゃ似合うけど、それならもっと茶色系の猫耳にするよー。せっかく黒の服で統一してもらったんだから」 「!だからわざわざこの服を?」 黒い服指定だからこれ用意したよと昨日圭太に渡された高級ブランドの服。黒のハイネックのニットセーターにグレーのチェックパンツは線の細い一色が着ると絵になって少し高飛車な黒猫のテイストにはとても合う。 一色は断固として拒否、圭太も断固として譲らず。2人の押し問答はしばらく続いた。
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