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今から3年前の12月。大寒波がやってきた日本列島ではあちこちで初雪が観測されていた。ここも例外ではなく、灰色の空から真綿のような雪がはらりはらりと降ってくる。世間はもうクリスマスモード。イルミネーションが街路樹にまで付けられて青と白のLEDが眩しいくらいに輝いている。
ホワイトクリスマスには一足早いその雪を肩を寄せ合い歩く恋人たちは笑顔で見ていた。
だがそのイルミネーションも、街中を流れるクリスマスソングも全く楽しめずにビルの間の細い路地に一色は蹲っていた。
グリーンのモッズコートにすっぽりと埋もれて、外界から来る肌を刺すような寒さと、自身の内側から来る肌を焼くような熱にどうしようもなくただそこで蹲り時間が経つのを待つしかなかった。
誰にも見つからぬように、息を潜めて。
「—————何してる」
その願いは届かず、低い男の声が威圧的に耳に届く。
一色は答えなかった。
いいから放っておいてくれ、さっさとどっか行ってくれ、消えろ、それしか頭になかった。
しかし一色の思いとは裏腹に男の足音がゆっくりと近付いてきて、目の前で止まった。
閉じていた目を開ければ真っ黒な革靴が見える。
「何している」
男は再び同じ問いをした。
「……ッチ」
答えぬ一色に苛立ったのか小さな舌打ちが聞こえる。それでいい、こんな変な人間は放って早く立ち去ってくれ。
「立て」
「……えっ?」
左腕を痛いくらいに掴まれて強引に立たされる。油断していてよろけた先に男の胸板があった。男は一色の腰に手を回して逃げられないようにホールドをする。
抵抗しようと思っても今は力が入らなかった。
「へぇ、綺麗な面してんな」
オールバックの男がニヤリと笑う。彫りが深く整った顔立ちはしているが175センチの一色を見下ろせるくらいの長身に加えて体格もいいので野生の獣のような粗雑な印象を与える。
ぐっと顎を掴まれて、色素の薄い瞳のその奥を見つめられる。
「訳ありか。来い」
「はっ?ちょっと何ですかいきなり…っ!」
腕を引っ張られてどんどんと進んでいく男の背中に問いかける。
「助けてやるよ、辛いんだろ?」
そう言って男は細い路地を迷うことなく歩いていく。一色の頭は混乱していた。否、混乱出来るほどにも頭は回っていなかった。
街のイルミネーションは種類を変える。大衆向けのクリスマスから、365日カラフルな色を見せる夜の街。その看板を目にして、ようやく一色の頭は回転を始めた。
「いや、ちょ、無理、無理ッデス!」
「うっせぇな。お前のソレは特別だ。このままじゃ朝になっても良くなんねぇぞ」
そこは、れっきとしたラブホ街だった。
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