例えば、こんな最悪の日

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「ほらー、機嫌直して!これ美味しいよぉ?」 こてん、と首を傾げて一色の顔を覗き込み、白い皿に乗った食べ物を勧めてくる。一色はそんな圭太をじろりと睨みつけながらも大人しく皿を取りなんか良く分からないお洒落な食べ物を口に入れた。 結局圭太に押し切られ付けるハメになった猫耳のせいで睨みつけても効果半減、むしろ圭太にはそのツンとしたところがより猫っぽくて可愛く見えてしまう。 「こ、これは!可愛い黒猫だ!」 突然大きな声が後ろからしたかと思えば盛大なフラッシュがたかれて一色は顔を顰めた。 「あー、斎藤さんだぁ」 「やぁ!!圭太くんの猫ちゃんか!」 どうやら圭太と知り合いらしい男性のにやけた頬を一色は無表情で掴み上げた。 「………写真削除してくださいね」 男性はしばらくフリーズしてからこくこくこくと強く頷いた。 「紹介するよぉー、この主催者の斎藤和巳さんでーす」 「ああ、こんなふざけた会を開いた張本人ですか」 「どうもはじめまして!!黒猫さん!」 一色の暴言はフィルターにでもかかり届かなかったのか、全く気にすることなく笑顔で挨拶をしてきた。40代くらいで人の良さそうな丸顔にビール腹と警戒心を無くさせる容貌だ。 「ところで2人はもう猫ちゃんを見てくれたかい?今日は僕んチの新人さんもいるんだよ!」 「わー、見る見るー!」 斎藤に先導されて後ろをついていく。新人さん、が人ではなく猫であれと一色は心の底から願う。こんな人畜無害そうな人が人猫をはべらしていたら人間不信から立ち直れない。 会場を歩いている間も自分に向けられる視線が痛い。男で猫耳をつけているのはただ1人なのでどうしても目立ってしまう。 「ほら、この子だよ!!マロンっていうんだ!マローン、ああ、なんて可愛いんだ!」 赤みのあるブラウンの毛に赤茶のタビー模様の猫がキャットブリッジの上で寛いでいる。その様子を見ている斎藤の荒い鼻息。 でも猫は可愛い。一色も猫好きであるため本物の猫であれば愛でる気持ちは当然ある。 「かわいいねぇー!ここにいる猫ほとんどが斎藤さんのなんだよねー!」 「え?そうなんですか?」 「そうさ!今、6頭飼っていてね!どの子も保護猫だったり、売れ残りちゃんだったりするんだけど、見ておくれ!こんなに可愛いだろう!」 バーン!と自分で効果音をつけながら両手で猫ルームをアピールする。 本当に猫が好きなことはその伸びきった鼻の下から良くわかる。 「斎藤さん、ちょっとお話しいいですか?うちも2匹目をお迎えしようかと悩んでいて」 「ああ、もちろん!じゃあ、圭太くんに黒猫ちゃん!楽しんでいってくれ!僕の猫たちの愛らしさに癒されて!」 ピンクの猫耳をつけた女性に声をかけられて斎藤はその場から離れていく。猫耳をつけてはいるものの健全な猫好きでこの会に来ている人も多少はいるようで安心した。 「なんか凄く個性的な方ですね」 「あれでもおっきい会社の社長さんなんだよー。だからこんなに豪華なんだ」 あれが会社のトップだと思うと近しい社員のメンタルが心配になってしまう。 「この会も最初は本当に猫好き達の集まりだったんだけど、なんでだか猫耳付けた婚活パーティーみたいになっちゃったんだって」 「そんなことありますか?」 「まぁあの人、猫にしか興味ないから。半分乗っ取られてるんじゃない?前は参加費なんか取ってなかったのに今は4000円も取られてるからねぇ」 圭太がはははー!と笑うが笑い事ではない気がする。主催者の自腹のお金でこの会があるならその集まったお金はどこに消えているのか。 「……ん?どうしました?遊びたいですか?」 灰色の猫がガラス越しに一色の足元へやってくる。一色がかかんで指をガラスにちょん、とつけると猫もじぃっとその指を見つめた。 中に入って見ようかな、とそう考えているとカシャっとカメラのシャッターをきる音。 「圭太くん……ぶん殴りますよ?」 「だってー可愛かったんだもん」 「もん、じゃないです。ぶりっ子したって許しませんからね!今すぐ削除してください」 「送信っと!!!」 「今どこに送りました?」 「えーーーー?もちろん社長のとこー」 良し、ぶん殴ろう。 一色がそう思って立ち上がった瞬間、 ガシャーン!!!! 食器が割れる音が響き渡った。
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