例えば、こんな最悪の日

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慌てて音のした方へ駆けつけると斎藤の近くに積まれていた皿が割れたようだ。会場のスタッフが出てきて慌てて皿を集めている。 とりあえず斎藤にも側にいた女性にも怪我が無さそうで一安心した一色の横で圭太がじっと少し離れたところのテーブルの辺りを凝視している。 「どうしました?」 「いや、なんか、……あれ?」 圭太にしては珍しく歯切れの悪い喋り方に一色も怪訝な顔をする。 圭太の目線はテーブルを1つずつ移動しているようだ。 「んんー?」 「大丈夫ですか?」 「悠ちゃん……じゃ、ダメか。悠ちゃん幽霊の気配とか分かんないもんね」 「……お役に立てず」 一色は変わらず幽霊が視えない。一時期は幽霊が視えた方が仕事に役立つからと、必要ないと言う橘に無理言って訓練してみたが結果惨敗。生き霊や呪いはあんなにハッキリ見えるのに不思議なものだ。 「何かいるんですか?」 「変な感じはするんだよねぇー。でもハッキリしなくって」 圭太が人差し指をこめかみにトン、と付けて悩むポーズをする。そんなあからさまなポーズもあざと可愛いと一色は思わずほんわかしそうになる自分を戒めた。 「圭太くん」 斎藤に声を掛けられて圭太は考えを一時中断した。もう割れた皿はすっかり片付いたようで集まっていた人たちも元のように歓談している。 「斎藤さん、大丈夫だったぁ?」 「うん、平気だよ。でも今年も変なことが起こったし、猫ちゃんたちを安全なとこに避難させようかと思う」 「あ、では私も手伝いますよ」 「どうもありがとう!!」 斎藤に続いて猫ルームへと向かう。猫たちは変わらずのんびり寛いでいた。 端に置いていたプラスチックのキャリーバッグを猫ルームの中に運ぶのを手伝う。こういうものに入るのは嫌がるものなのかと思っていたが意外に猫たちはすんなりとバッグの中に入っていく。聞くと安心するようにその子がいつも使うタオルケットを置いているらしい。 「マロン、おいで」 1匹だけなかなかゲージへと入らない猫、さっき紹介された新入りの猫だ。キャットタワーの上の方からじっとこちらを見ているが斎藤が呼びかけても動く気配はない。 「マロン、可愛いマロン、僕の宝物、さぁ大丈夫だよ。こっちにおいで」 歯の浮くようなセリフにもツン、と澄まし顔のままだ。猫を飼ったことがない一色にはどうすべきか到底分かるはずもなく、ただ斎藤の後ろで猫じゃらしをゆらゆらと動かしてみる。圭太にいたっては手伝う気はなく近くのテーブルにあるケーキを嬉しそうに食べていた。 「チチチ、チチチ、マロン、おいで」 斎藤がゆっくりとマロンに向けて手を伸ばしたその時、急にシャー!!フー!!と蛇のような鳴き声が聞こえた。ケージに入れた猫たちが牙をむきながら威嚇するように声を出している。 目の前にいるマロンも同じように声を出し、頭を低く沈め背中を丸めている。尻尾がピンと立ち背中の毛が大きく逆立った。所謂、威嚇のポーズ。今にも飛びかかってきそうな気配に斎藤が慌てる。 「マロン、みんな、どうしたの?平気だよー落ち着いて」 「悠ちゃんっ!!!!!」 圭太の切羽詰まったような声が聞こえた。急いでこちらへと駆けてくる圭太は珍しく真剣な顔をしていて、一色に向かって手を伸ばす。 どうしたんですか、そんなに慌てて、 と口を開こうとした一色に、ドンっ!!と何かがぶつかる感覚がした。お腹辺りがぐわっと熱くなる。 あれ?と思う暇もなく、一色の身体は後ろへと倒れていった。
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