例えば、こんな最悪の日

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(やっちゃったー!) 圭太は目を閉じて眠り続ける一色を見て頭を抱えた。 倒れる一色を寸前のところで自らの手で引き寄せて、斎藤が用意した控え室のソファーに寝かせた。顔色は悪くないし、ただ眠っているだけのように思う。願わくばこのまま何事なく終わって欲しい。 コンコン、 ドアがノックする音にはーい、と返事をすると扉から斎藤がひょこりと顔を出した。ソファーに眠る一色を見て心配そうに眉を下げた。 「黒猫ちゃんは大丈夫かい?」 「うーん、目覚まさない限り分かんない」 あの時、猫たちが一斉に威嚇をした先にいたのは1匹の黒猫だった。艶のある真っ黒な短い毛並みに、ピンと立った尻尾、凛とした意思の強そうな瞳。ああ、なんだか一色に似ているなと圭太は一瞬惚けてしまった。その一瞬が命取りだった。 黒猫は猫じゃらしを片手に目の前で威嚇してくるマロンにおろおろしていた一色に向かって駆け出した。 この猫、生きてない!! 圭太がそう気付いて一色の名前を呼んだ時には、黒猫は一色のお腹にぶつかって、そしてそのまま一色の中へと消えていった。 「多分、取り込んじゃったんだと思うんだよねぇー。悠ちゃん、生き霊専用かと思ってたら動物霊もいけちゃう口だったのかなぁ?」 「動物霊?」 「うん。悠ちゃんにどーん!て黒猫が入っちゃったの」 「にゃんにゃんパーティーに猫の幽霊まで参加してくれてたとは。じゃあ今までのこともその猫の悪戯てことかい?」 「多分そうだね」 皿が割れた時、変な気配は感じるのにハッキリと所在が掴めなかった。辺りをスッと動いて消えるそんな頼りなく、そして素早い気配。動物霊は人間の幽霊と違うシグナルだから分かりにくかったんだろう。 気配も弱いし、強い幽霊ではないとタカをくくって油断していたらこのザマだ。あの時もっと良く調べておけば良かったが後悔先に立たずとはこのことだ。 「でも黒猫かぁー、どんな猫か見てみたかったなぁ。僕も黒猫飼ってたんだよ」 「へー、そうなんだ」 「凄く可愛くて甘えたな猫でね!写真見るかい?」 そんな状況ではないような気もするが斎藤が嬉しそうにスマホを触っているのを見て言い出しにくく、圭太はその画面を覗き込んだ。写真ホルダは見事に猫ばかり、ありとあらゆる角度から撮られた可愛い猫の姿が写っていた。 「この子だよ」 少し前に遡って見せてきた写真には斎藤の膝の上に乗って嬉しそうに斎藤の顔を覗き込んでいる黒猫の姿。 「……この、黒猫…」 圭太は画面に顔を近づけて写真を凝視する。 猫の見分けがつくわけではないが、なんだか、さっきの猫に似ているような。 「うわっ!」 「!!」 急に斎藤が短く叫んでから後ろに思いっきり倒れた。背中を床に強打したようだが幸いにもふかふかの絨毯だったためダメージは少ないようだ。 「悠ちゃん!??」 その原因となったのは、斎藤の上に跨る一色だ。腰のあたりに座り両手を斎藤の胸に置いている。寝ていたはずの一色がいきなり起き上がって斎藤に飛びかかったのだ。 「え、え、え、どうしたら?」 一色はそのまま自身の上半身をピタリと斎藤に沿わせて腰を高く上げた。そのままスリスリと斎藤の胸に頬を寄せる。 斎藤は顔を真っ赤にしてパニック状態だ。 「悠ちゃん!!何してるの!ダメ、卑猥!ダメ!」 慌てた圭太が一色の腰を持って離そうとするが一色は今度は斎藤の首に手を回して離されまいとぎゅーっと抱きついた。 「あー、もう、どうしちゃったの、悠ちゃん」 「……にゃーあ」 「にゃあ??」 一色の口から飛び出した言葉を圭太が復唱する。 「にゃあーお」 再び一色の口から少し高めの甘えたような猫の鳴きマネ。普段の一色からはあり得ない言動。 「………完全に、乗っ取られてるじゃんかぁーーーーー!!!!」 圭太は自分の頭をガシガシと掻き回した。
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