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翌日、午後6時。45階建ての高層ビルの1階ロビーのソファーに座りながら出入りする人間をじっと観察する。
「お前、目立ってるぞ」
「は?どちらかと言えばその真っ黒な出で立ちにオールバックの方が時代錯誤で目立ってますよ」
ちらりちらりと視線を感じるがそれは橘が怪しいせいだと一色は本気で思っている。
今日も今日とて安定のオールバックに黒のインナー、黒のテーラードジャケット、黒のストレートパンツ、黒の革靴とオール黒づくめ。あともう少しすれば夏もやってくるこの季節に似合わないことこの上ないはずなのに暑苦しく感じさせることもなく、似合っているところがこの男の腹の立つところだ。
事実橘も目立っているのが通る人たちは、あの関わりにくい雰囲気を醸し出している男と、隣の綺麗な男は誰だ、どんな関係だ、と思っているのだが一色は人々の視線に自分は関係ないと思っているようだ。
明らかに一色へ声を掛けたそうな女性陣もいるが隣の橘がちらりと視線をやると慌てて駆け抜けていく。
あと30分もすれば依頼人の仕事が終わる時刻だ。普通の人には見えないストーカーならば生き霊か幽霊かの二択だろうと結論付けその正体を見極める、ついでに依頼人の安全の確保も出来るということで職場まで迎えにきている。一色にもストーカーの姿が視えれば生き霊、視えなければ幽霊。霊障の可能性もあるため橘も連れてくるハメになった。
出来れば圭太について来て欲しかったのだが、圭太は数日前から青森のイタコの依頼を受け長期出張中だ。お土産にイタコ饅頭買ってくるねーと意気揚々だったがそんなもの存在するのかと疑問に思っている。
「あ、降りてくるみたいです」
一色の携帯に早織から仕事が終わったと連絡が来た。こんな高層ビルに入っている会社で働けるエリート、かつあの容姿ならば憧れや妬みなどの感情を向けられていても不思議ではない。一色は改めて周囲に注意を払う。
「今のところは私には怪しい生き霊は視えないんですが橘さんは?」
「特に何もない」
「そうですか」
そろそろ降りてくるだろうとエレベーターの方に目を向ける。4つあるうちの1つのエレベーターが開き、人が降りてくる。その中に夕方でもメイクもばっちり、巻髪もキープしている早織の姿を確認する。
「……橘さん、あれは…」
「ああ、あれだな」
その後ろにピッタリとくっ付いている40代くらいの男。典型的な中年、ビールっ腹体型に僅かに頭皮が薄い、お世辞にもダンディとは呼べないスーツの男性がもしこれが人間であれば確実に犯罪だと呼べるような位置にいる。一色にも視えるということは生き霊確定だ。
早速対処しようと依頼人のほうへ足を向けた一色だったがぴたりと止まる。
もう一機止まったエレベーターから、その生き霊の張本人である男が出てきたのだ。男は早織に近づくと後ろから声を掛けて立ち話を始めた。
「なんだか同じ人が2人いるみたいで変な感じですね」
一色の言葉に橘は何も返さず、生き霊とその本人が同じ空間にいる光景をじっと見ていた。
5分程話をして男は再びエレベーターに乗り込み上へと戻って行く。
こちらに気付いた早織がにこやかに近づいてくるのを一色は軽く手を上げて応えた。
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