例えば、綺麗なもの

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ピンポーン 静かな夜の帳に不釣り合いな音が聴こえて一色はぱちりと目を開けた。 またか、と小さくため息をつく。 ベッドサイドに置かれたデジタル時計の時刻は深夜2時を回ったところ。常識的に考えてこの時刻にインターホンが鳴るなんて有り得ない。 せっかくノンレム睡眠になった頃合いだったのに台無しだ。一色は布団から出て確認したくもないインターホンのモニターを確認する。ジィー、ジィー、という微かな電子音。本来であればインターホンを鳴らした人物が映っているはずのそこには暗いマンションの廊下が広がるのみ。 今度は深くため息をついて前髪をくしゃりと掻き分けたあと一色はモニターを切ってキッチンへと向かった。 冷蔵庫から牛乳を取り出してマグへと注ぎ、電子レンジで温める。程よい熱さに温まったら最近のお気に入りのクローバーのはちみつを入れてゆっくりとかき混ぜた。 インターホンが鳴り始めて今日でちょうど1週間。毎日2時頃に一度だけ鳴る。モニターには誰も映っていない。人間の仕業か、はたまた霊的なものか、一色には判断が付かないが、呼び出しに応えるのは人間であろうが霊であろうが良くないことは明白なので無視を続けることにしている。 以前尾けられていた時はコンビニに入って様子を伺ってからタクシーを呼んで帰宅した。車での尾行にも細心の注意を払ったのでその時に家がバレたとは考えにくい。いつどこから漏れたのかは不明だが確実に何かが自分に嫌がらせをしている。 いや、なんでもあの時の出来事に繋げるのは短絡的すぎる。霊能事務所(こんなところ)で働いているんだから知らないところで人間や霊から色々と恨みを貰う可能性もある。橘が何も言ってこないということは一色には見えない幽霊が取り憑いて悪さをしているというわけでもない。 ヤンチャな子どものただのピンポンダッシュ、酔っ払いの嫌がらせ、このマンションの住人の悪戯、考えれば幾らでも可能性はある。 今のところ実害と言うほどでもなく、眠りを妨げられるくらいのことだ。 だから大丈夫。 マグに口をつけてゆっくりと一口飲む。ほのかに広がるはちみつの優しい甘みに一色は少し瞼を閉じた。
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