例えば、綺麗なもの

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「はぁーーー」 長いため息をついて一色はその場にゆっくりとしゃがみ込んだ。大丈夫、上手くいった。早織についていたときを祓ったより確かな手応えがあった。きちんと浄化できたようだ。 自分で思っていたよりも緊張していたらしい、少し冷たい指先を揉んで温める。 そうだ、スーパーへ行く途中だったと思い出す。時間をくってしまった。急がないと圭太が帰ってくるのに間に合わない。そう思い腰をあげようとする一色の頭頂部に ガツン! 「っ!痛っ!!」 突然の重たい一撃に頭を抑えながら振り返るとそこには橘がいた。 珍しく肩で息をしていて、いつものオールバックは前髪にぺたりと汗で張り付いていた。 「……ビックリした。何してるんですか橘さん」 あまりの衝撃に頭を拳で殴られたことが抜け落ちてしまった。目を丸くして訊ねる一色に橘の眉間の皺が更に深くなる。 「何してる、じゃねぇよ。自分の状況も考えずホイホイ出て行きやがって。何事も無かったようにするなんていい度胸だな」 「状況?」 何を言っているのか分からずに首を傾げる一色に橘の青筋は増すばかりだ。 「現に今、厄介事があっただろう」 「え?ああ、課長さんの生き霊ですか?除霊出来ましたよ。………なんで知ってるんですか?」 橘は一瞬口を開きかけて閉じた。口数が凄く多いタイプではないがこういう風に言いたいことをやめるのは珍しい。 肩で息をする橘といい明日は雨でも降るかもしれない。 「行くぞ」 「スーパーですか?橘さんが?」 「俺だってスーパーくらい行く」 「えぇー?見たことないですよ。買い物だっていつも宅配サービスか私達(パシリ)じゃないですか」 先を歩く橘の半歩後ろをついて行く。黙々とその広い背中を見ているうちになんだかむず痒くなってくる。 多分、おそらく、どうやら、心配されているらしい。普段焦らない橘が走って追いかけてくるくらいには。 ここはお礼の1つでも言うべきなのだろうか。いや、でもそうと決まったわけでもないし、橘もお礼が言われたくてやっているわけでもないだろう。ただ従業員というか自分の所有物の危機管理をしているだけで。 少し赤くなった頬を橘には気づかれないようにさっと手を当てて冷ましながら考えに耽る。 「っわ、!」 ふいに、ぐっと腕を掴まれたかと思うと前に引っ張られて思わずよろける。危うく転びそうになって、何するんですか!と文句を言おうとした一色の目に飛び込んできたのは ぽたぽたと地面に落ちる赤黒い液体。 橘の足と、誰かの革靴。 恐る恐る視線を上げる。 「……、橘さん」 情けなくも声が掠れる。 橘の腹にナイフが突き刺さっていた。
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