例えば、こんな始まり

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「お前うちに来い」 「は?」 まさか家に連れ込んであれやこれやするつもりじゃないか、と思わずファイティングポーズを取る一色に橘はため息をついた。 「おい、そういう意味じゃねぇ。勘違いすんな。というか普通そんなポーズとるか?お前実は馬鹿か?……俺のところで働けって意味だ」 「私が?特に何も出来ませんよ」 一色はただ生き霊が視えるだけだ。今しがた幽霊は視えてないことを知ったばかり。それはあんな不甲斐ないところを助けてくれた橘が1番分かっているはずなのに。 「俺のとこは生き霊に特化した人間がいない。悪霊の依頼より、呪詛だ生き霊だの依頼のが多い時代だしな。ちょうど1人逃げ出したとこで人手不足なんだよ」 逃げ出すくらいの労働環境は如何なものか。 そう思いながらもすぐに拒めないのは一色にとって興味のある世界だからという以外にない。 他人に理解して貰えないことだと決めつけていたところに現れた同じモノが視える人。この意味のわからない力を活かせるかもしれない仕事。 信用していいのか、一色は橘の黒い瞳をじっと見つめた。橘は一色の計るような視線を受けても1ミリも動じない。 「………本当に、何もできないですけどいいんですか?」 先に折れたのは一色だった。側に脱ぎ捨てていたモッズコートに腕を通しながらそう尋ねる。 「んなもん、鍛えりゃ何とでもなる」 橘は長い脚を組み替えて鼻で笑った。 どう鍛えられるのかはさっぱりで些か不安に思う。 「まぁ最悪どうにも使えなくても雑用なら山のようにあるからな。とりあえず身辺整理出来たら電話してこい、但し3日以内な」 軽く頷いて名刺をポケットへとしまう。 部屋から出る際にふとホテル代はどうしようと迷ったがもう自分に興味ないと言う風にテレビをつけ始めた橘を見て奢ってもらうことにした。 なんかアンアン言うチャンネル見てた。きもい。 分厚いトビラを閉めて一色が外に出たことを確認してから橘が壁際に立つ男の霊に向かっていったことは当然知らなかった。
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