例えば、こんな始まり

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どのくらい時間が経ったのか、ふと手を止めた一色は白い壁に取り付けられた時計へ目をやった。時刻は午後4時、ここに来たのが昼過ぎだったのでゆうに3時間以上は片付けをしていることになる。 ふぅ、と1つため息をついてからぐっと背中をそらして屈んだ姿勢が多かった体をほぐす。 あらかた掃除も整理も終わった室内は数時間前とは見違えるように綺麗になった。ローテーブルの上には灰皿のみ。デスクで雪崩を起こしていた書類たちは隅に鎮座、使わなさそうな空封筒は念のためそれだけを集めたレジ袋の中に、棚からはみ出ていたバインダーなどはきちんと収納して、ぱっと見で分かるようにする。床に散らばっていたものは適当にしまい込んだがその文句は受け付けないでおこうと決めた。 最後の仕上げにふきんを水で濡らしデスク周りの拭き掃除をする。 「お前すごいな」 「っ!」 集中していたせいで橘が二階に戻ってきていることに気付いてなかったらしい。急に声を掛けられて思わずびくりと一色の肩が揺れる。驚いてしまったことが何だか恥ずかしくて殊更ぶっきらぼうに声を出した。 「こんなの誰でも出来ますよ。書類とかは適当に纏めたのでその辺は確認してくださいね。というか毎日きちんとすればこんなに汚く……」 部屋の入り口にいる橘から放物線を描いて何かが飛んでくる。思わず手を伸ばして受け取ると、かじかんだ手にほんわか温かいもの。 ガサリとビニール袋を開けると白い湯気を出している肉まんがあった。 「寒かっただろ」 そう言われて一色は素直に頷いた。窓は全開にこそしなかったが開けたまま掃除していたし、蛇口は壊れていてお湯を捻っても水しか出ない。動いていた為あまり意識はしてなかったが改めて言われると寒かった気がする。 「………ありがとうございます」 「どういたしまして」 橘は一色の横を通り抜けるとカラカラと窓を閉める。そうして未だ肉まんを持ったまま立ちすくんでいる一色の顔を少し腰を屈めて正面から見た。 「ははっ、鼻赤っ」 橘が歯を見せて笑った。 少し幼く見えるその笑顔に一色は目をぱちぱちさせた。 しばらくして自分の赤鼻と間抜けズラを笑われたのだと気付いた一色は鼻と同じくらい頬を赤く染めて、温かい肉まんにかじりついたのだった。
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